股に金玉ができた話

タイトルがあまりにも物騒で申し訳ないが、このタイトルをつけたいきさつを語ろうかと思う。
あれは高校三年生の時だ。
季節は冬だった気がする。
女子高校生だった私は学校まで30分くらいの道のりを自転車で爆走して登校していた。
春の暖かな日差しも、夏の暴力的に照り付ける日差しも、秋の落ち着いた心地よい風も、冬の痛いくらいの張り詰める空気でも自転車に乗っていた。

そんな中、高校三年生の冬の時期。
自転車のサドルに跨っていた時に違和感を生じたのである。

「あれ……? なんか……」

股間部分に変な感触がある……と自転車に乗っていて気が付いたのである。
走行中に確認することもできず、学校に着いても至って普通に過ごした。
自宅に帰ってから、自転車での違和感を確認したのである。

「こ、これは……」

めちゃくちゃ際どい股間に近い部分に、しこりのようなものがあった。
それは熱を帯びていて、痛みもある。
触れてみると、こりっとしていて膨らんでいる。
普段できるようなニキビとかそういうレベルではない、というのがはっきりとわかる。

今までにできたことのない形状、熱を持っていて痛い。
一体なんなんだこれは……。
鏡で確認するが、よくわからない。
少しだけ盛り上がってる気もしないが、はっきりと「これだ!」という確信が無かった。
とにかく、自転車に乗る時が一番痛いと感じるし、違和感が付きまとった。

あまりにもこの、コリッとして、痛みも熱もある物体はなんなんだろう……。
デキモノ、としたらあまりにも……といった状態で、謎が謎を呼んだ。
少ない経験と、頭をフル回転させた結果、とある仮説が生まれた。

‘‘‘‘金玉ができた……?‘‘‘‘

ちなみに、私は女である。
生物学上、女性には金玉が無い。
そして、金玉ができることもないはずだ。
できたとしても、こんな後付けパーツでできることなんてあるんだろうか……?
もしかしたら、母親の母体の中にいた時になんらかの状態になり、金玉が体の中に残っていて、
年月を経て金玉が徐々に体の外へと排出されていった……とかだろうか?
さまざまな考えが浮かぶ。
ずっと女として生きてきたけど、後付けパーツで金玉ができてしまったのか私は……とも思った。
その他、しこり=癌という考えも浮かんでくる。

この状態が日が経つにつれて、治ることもなく、同時に不安も生まれてきた。
そして私は受験を控えていたのもあり、何か大きな病気だったらどうしよう……。と、
受験の時期のタイミングも相まって、どんどん不安が雪だるま式に大きくなっていったのだ。

場所が場所だし、どんなに仲が良い友人でも聞くことができなかった。
そして親にも全く言えなかったので辛かったのを覚えている。
どうしたらいいだろうか……と考えた結果、インターネットで検索することを選んだのである。
当時、私はインターネットに多大な信頼を寄せていたのである。

Googleを父に、Yahoo!を母に。Yahoo!知恵袋を祖母として慕っていた。
それくらい10代の私はインターネットの存在感は大きかった。

恐る恐る家のパソコンを開いてネットで検索をした。

【女 突然 金玉ができる】

こんな検索履歴を見られると、頭がどうかしていると思うが、当時は本気だった。
親ならこんな検索履歴を見たら心配になるだろう。もちろん私が親なら心配する。
検索結果は、泌尿器科のサイトのページで、やはり男性患者に向けての説明書きしかなく、
私が想像していた検索結果は出てこなかった。
そもそもあまりにもトンチキな検索ワードで、Googleも予期していなかっただろう。
ごめんねGoogle父さん……。

めちゃくちゃな検索をしても当たり前だが、結果はでず、自ら首を絞めるように不安だけが募っていく。
どうしたらいいだろうか……。と迷いに迷い、それでも受験の期日は迫ってくる。
背に腹は代えられん……と思い、私は高校の保健室に向かった。
保健室の先生なら、なんとか相談できることが可能だ。

意を決した私は、保健室へ向かうことにした。
ちなみに私の学校は中高一貫校の学校に通っていて、ひとつの保健室に中等部と高等部の保健の先生が在籍していた。
保健室に行くと、居たのは中等部の保健の先生しかおらず、見慣れた高等部の先生は席を外していた。
時間を急いだので、仕方が無く中等部の先生に声をかけた。
同性の先生でもあり、相手は大人だったため、私は先に中等部の先生を頼ることにした。

「すみません、少し相談したいことがあって……」

私が中等部の先生に声をかけると、中等部の先生は私が高等部の生徒だとわかるや否や、

中等部の先生「私、中等部だから! 高等部の人は高等部の先生に言ってくれるっ?!」

この時、まだ何も言っていないのにも関わらず、激しく拒否されたのである。
高等部といっても、まだ子供で、大人に助けを求めてやってきたのだが、相談する前にはっきりと拒否されたことに、えらくショックを受けたのを覚えている。
大人になった今でも、この中等部の保健の先生の門前払いするような拒否反応っぷりを思い出すとちょっぴりとナーバスになる。
嫌な思い出のひとつだ。

私は、「高等部の生徒の問題は受け持たない」、というはっきりとした意思と、声をかけてきた私を嫌な顔をした中等部の先生の顔を見て、この人間に頼ったとしてもどうにもならない、と瞬時に思った。

今思うと、中等部の担当でしかない人間が高等部の生徒からの相談と言われると、相談=妊娠、という可能性もあり、大人でも対処できるかどうかわからないことを簡単に相談役として聞き入れることが
できるかどうか、問題の責任を担いたくなかったのだろうな、と思う。
妊娠ももちろん大変だが、今私の股間は未知との遭遇状態なのである。
昨日はGoogleで今まで検索したことがないワードまで打ち込んだのだ。
そんな検索ワードを打ち込んだ人間の覚悟は違う。

今思えば、あの中等部の先生に「すみません、股間に金玉(仮)ができたんです……」とも打ち明けなくてよかったと思う。
こんなもんを話したら、あの中等部の先生、泡を吹いてぶっ倒れるんじゃないか。
高等部の女子生徒が突然相談を持ち込み「股間に金玉ができた」と突然真剣に言ってきたら、私が中等部の保健の先生だったら、その日の内に退職届を書いてしまいそうだ。

門前払いをされた私は、この時ショックを受けつつ、その門前払いした中等部の先生の態度にも怒りを覚えて、さっさと保健室から出て行ったのだ。
あれは中等部だったからダメなだけで、また高等部の先生が居たら、今度こそ言おう。
時間を改めてまた、高等部の保健の先生に声をかけた。
高等部の保健の先生は、顔馴染みで私が相談したいというと、すぐ聞いてくれた。
中等部の先生の一件あり、高等部の先生が快く引き受けていただいたことにひどく安堵した。

誰もいない空き教室に移動して二人きりになる。
高等部の保健の先生が「どうしたの?」と切り出してくれるも、いざ自分の問題を口にするとなると、言葉に詰まる。
ストレートに「金玉(仮)が……」となると、股間部分の心配よりも、脳とか精神の方を疑われる。
受験のストレスで頭が……と別の心配をされてしまいそうだ。
誤解を招かないためにも慎重になりながらも、ゆっくりと口を開いて説明する。

・少し前から、自転車に乗ると股の付近が痛くなること。
・サドルに当たると痛くて、手で触るとしこりのようなものがあって、熱を帯びていること。

一応、今までの経緯を話すことができた。
股間に金玉(仮)が……は今は封印しておいた。
一通り聞いた保健の先生は、「そうなんだ」と私の話に納得してくれて、理解してくれた。

とりあえず話せたことにほっとした。
先生は、自らボールペンでメモ帳に図を書いてくれて「付け根の方かな?」と確認してくれた。
私がふんわりとした「股の付近に……」と言ってしまっただけに、先生のイラストには、私の股間の部分とはほど遠い場所を位置している。
ほぼ股間の隣、と言いたいのだが、如何せん言いにくい。
けれど、先生は私の問題の患部とは違う部分だと思っている。すれ違いである。
先生はどんどん話を勧めてくれる。ありがたいが、本来の場所と違うので、はがゆい。

私は口で発するのをためらい、先生が描いたイラストの横に「あのですね……」とまた新たに自分でイラストを描き始めることにした。
口で説明するよりも、イラストだと確実であろう……。と、イラストで問題の患部を説明する。
口で言うのはためらうが、絵にすると説明が難なくできる気がした。
それでもかなり際どいイラストの描写説明になる。
自分で言うのもなんなのだが、ある程度イラストが描けてしまうばかりに、リアルさを追求してイラストが申し訳程度に生々しくなる。
申し訳程度の際どさを増した描写のイラストを目の前に、やっと先生に伝わったのだろう。
先生は「あ~~~~~!」と納得の声を上げた。
ここまで説明するのに、既に疲労困憊である。
この時ばかりは少し絵が描けることができて心底よかったと思った。

先生は最初足の部分だと思っていたので、整形外科などを紹介してくれる方針だったのだが、全く違うとわかると、すぐに違う病院を教えてくれた。
先生は学校の近くにある、女医のいるレディースクリニックを紹介してくれたので、さっそく行くことにしたのである。
相談に乗ってくれて、病院まで紹介してくれた先生に深く感謝し、急いで病院へ行く。

学校からそうかからない場所にあるレディースクリニックへ行くと問診票を書くのだが、今回の問題は未知なる遭遇となる。
とりあえず、「しこりができている。痛みがあり、熱がある」という患部の症状のみを記載した。
かなり際どい場所にあるといっても、必ずしもここの病院が該当するとは限らない。
けれど、一旦診てもらいたかった。この忌々しい金玉(仮)はなんなのだ。

病院での診察が始まり、問題の股間の金玉(仮)をお披露目することになる。
末恐ろしい症状は一体なんなのか……。
女医の先生に診てもらう。
女医の先生に、「どこ?」と聞かれる。
場所の位置的には左側になることを伝える。
問題の患部を触れられて「それです!」とビンゴに当たったかのように答える。
これ、これなんだよ。金玉(仮)は……。
「なるほどね……」と何か手ごたえがあったのか女医の先生はもくもくと患部を診察した。
一体何がどうなっているのか。果たしてこれは突如現れた金玉なのか。
診察が終わり、机に向かう女医の先生と対面する。
どういった診断が下されるのだろう……。
パソコンに何かを手早く打ち込んでいる女医の先生からの言葉を座して待つ。
一通り打ち込んだのか、女医の先生の手が止まりついに診断結果を私に告げる。

女医「アテロームですね」

聞いたことのない横文字の言葉を告げられた。

私「アテロー……ム?」

女医「アテローマ、とも言われるいわゆる粉瘤ですね」

女医の先生はメモを取り出してイラストを交えて説明してくれる。
どうやら、私の股間は金玉ができたのではなく、アテローム(粉瘤)ができたらしい。
しこりだと思っていたのは、粉瘤からの腫瘍のためで、痛さや熱があるのは軽い炎症が起きているために生じていたらしい。
手術とかをしなくてはいけないのではなく、塗り薬を塗っていればしばらくすると治まる程度だという。
診断結果と説明を受けてかなりほっとした。
金玉でも癌でもなかった。そのことに、凄くほっとした。
病状の説明と、薬の説明をされながら、途中で先生が「あ、そうそう」と粉瘤の話を中断した。

女医「あなた痔だよ」

粉瘤と同時に痔まで発覚したのである。まさかのWスコアである。
金玉はなかったが、痔はあった……。

突然ストレートに”痔”と告げられる。
今なら「そうですか」と、すとんと受け入れられる心持はあるが、当時は女子高校生である。
真正面きっての「痔」告知に、思わず肩を落として顔を下へ向いた。
もしかすると、「これは金玉ですね。金玉で間違いないでしょう」と告げられるのと同じようなショックがあったと思う。
高校生だった私のあからさまな落胆を見ていてか、すると女医の先生はこちらに気を使ってくれて

女医「大丈夫……。女の子は大体、痔主だから……」

”地主” と ”痔主” をかけたジョークを私に授けてくれたのだ。
先生の気遣いに、下を向いていた私はまた上を向くことができた。
この力強い女医の言葉は、今でも頻繁に痔になる私を強くさせてくれている言葉だ。
大きな不安は拭い去ることはできたが、また新たな発見をすることになった。
さよなら金玉(仮)……。  こんにちは痔……。

女医の先生に処方された薬は、粉瘤の薬と痔の薬の二つとなった。

また、当時女医の先生からの名言は繰り出されており、

女医の先生「あなたはいぼ痔だから、また出たら押しこんであげてね!」

まるで、通勤ラッシュのピークの満員電車の乗客を無理に詰め込もうとする駅員の指導みたいだった。
いぼ痔は押し込むに限る!
今もいぼがやっほ~!と外に出てきたら、先生の言葉を思い出して押し込んでいます。
いぼ痔になると思い出す人と言葉が、私にはある。

股から金玉ができた話 痔、ではなく完。


この記事が受賞したコンテスト

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?