クマのパディントン、キングスクロス駅、ハリーポッター

2019年3月31日。ロンドンには十分お世話になった。そろそろスコットランドへ行かなくてはならない。ロンドンにもまだまだ訪れるべき場所がたくさん残っている。しかし僕は今日中にスコットランド・アバディーンについておく必要がある。語学学校の授業が明日から始まるのだ。

ロンドンからアバディーンにへは普通飛行機を使う。イージー・ジェットかブリティッシュ・エアラインで1時間半、片道4000円もあれば足りる。ヒースローからでもルートンからでも構わない。

一方電車となるとキングスクロス駅からアバディーン駅まで片道8時間、15000円という値段である。考えなくてもどちらが効率的かは分かるはずだ。

しかし僕はどうしても飛行機に乗る気になれなかった。二日前に20時間近くのフライトを経験した僕は一種の飛行機嫌悪状態になっていた。たとえ1時間半といえどまた同じ固い椅子でただ前の座席を眺める無駄な時間を過ごすのはごめんだ。

それに電車に乗ってみたいという思いは前からあった。イギリス、いや世界的に見ても有数の大都市ロンドンの風景がどう移り変わっていくのかこの目で見たかったのだ。上から見下ろした雲を1時間半眺めるより、車窓からのんびりイギリスという島を8時間かけて縦断する方は楽しいはずだ。10時発の切符をネットで予約し、それまでの時間は(現在時刻8時半)ロンドンをうろついてみることにした。


最初はシャーロックミュージアムに行くつもりだった。BBCのシャーロックにすっかりハマってしまい、グラナダTVの1980版にも手を出した。調べるとパディントンからさほど離れてはいないのだが、大金を積んで買った電車の切符を無駄にしはしたくないという不安から大人しくパディントン駅から電車でキングスクロスに早めに着いておくことにした。

駅周辺の川辺を歩いていると、橋の下で何やら通行人が写真を撮っていた。遠くから見るとそこには青い物体がちょこんと立っており、彼らはその横で記念撮影をしてるようだった。誰もいなくなった後近づいてみると、それは映画「パディントン」のあのクマだった。紳士らしく片手で帽子を掲げやあ、ごきげんようと言っていた。あまりにも青いものだから映画を見た人でもこれがクマであることに気づくにはどれだけそれに興味を持つかが肝心である。立地も橋の下という外から見るとまず気づかない場所なので、どうせなら駅の中にでもしたらよかったのに。


当初はバスでキングスクロスまで行くつもりだった(それがグーグルの言う最良)のだが、何分待ってもバスがこないもので不安になって電車を使った。バスの使い方はよくわからないし、もし現地人のもが持つICカードのも利用可能なんてことになれば大幅なロスになる。

キングスクロスに着くとまず僕が言ったのがハリーポッター・9と4分の3番線だった。それは遠くから見ても一目瞭然だった。人気アトラクションに顔負けの行列が何順にもなってできており、観客の視線はレンガ作りの壁の下にあるスーツケースに集まっていた。ホグワーツのローブのような制服を着たスタッフが順番に写真の撮り方を教えていた。


僕の目当てはこの横にあるハリーポッターショップ「プラットホーム 9と4分の3番線」だった。中は狭く観光客の大きなカバンでほとんど前に進めなかった。僕は裏起毛のスウェットを5000円で買い、アバディーンへ向かうプラットホームへ急いだ。

スコットレイルという特急列車のような大層な電車だった。一番安い席にしたが横には誰もいないし席は広いし文句は一つもない。通路を通る人は僕と横に置いてある大きなバックパックを見てこいつはどこに行くつもりだろうと思ったに違いない。車内のほとんどは通勤するビジネスマンか老人で旅人なんて1人もいないのだから。僕は黙って外を見つめていた。ロンドンとの別れに特に寂しさは感じなかった。どうせまた帰ってくるのだ。今はただ明日から始まるスコットランドでの生活に期待を馳せるだけだ。