中国人と僕

僕がハンスと歩きたくなかった理由は彼がどう見ても中国人だっからだ。ハンスの横顔が目に入る度突き出た唇と低い鼻に視線が集まってしまう。彼と歩いていると僕も中国人のように見えてしまうのが気に入らなかった。イギリス人から見たら気持ち悪いアジア人2人が下手な英語を話しているようにしか見えないだろう。

「もうだいぶん近いんだけど、どこだろう。この辺で間違いないんだけどな」
僕は何も言わずに彼のちょっと後ろを歩いていた。僕は今からハンスが連れて行ってくれる場所に興味はなかった。早く開放してほしいのに道に迷うものだから僕の不満は少しずつつのっていった。

「こういう時はね、人に聞くのが一番なんだ。あの人たちに聞いてみよう」

ハンスはそう言うと前方のイギリス人3人に「excuse me」と突っ込んでいった。彼の英語はせわしないという表現がしっくりくる。テンポが早くそこには滑らかさがない。excuse meという短い文からも彼が中国人だということがよくわかる。僕は街中で聞こえてくる中国語が嫌いだった。もう少し落ち着いたらいいのにといつも思う。そして中国人は日本人がそうであるように、自分が中国人であることを憎んでいる。彼らは白人に憧れを持ち自分は他の中国人とは違うと思い込んでいる。ハンスは自分が独創的な人間であることを表面に出そうとはしない。そして基本的にはそのような人物が一番損をする世界になっている。


3人のイギリス人はハンスが提示した写真から何かを読み取ったらしい。2つか3つ先の交差点を左に曲がればあると教えてくれた。ハンスは礼を言うとせわしない早足で歩き出した。

ハンスが僕に見せたかったのは近代アートの画廊のようだった。しかし不幸なことにその日は休館日だった。ハンスは肩を落とし僕に申し訳なさそうにした。僕としては早く帰りたかったのでもちろん構わない。

建物の前で彼は僕に、彼が尊敬する画家の絵をみせてくれた。彼はアートに対して真摯に取り組んでいるようだ。僕は素敵な絵だねというと彼も嬉しそうにそうだろうと言った。

ハンスに対する嫌悪感は気づくと無くなっていた。彼は僕が思ったより純粋な男なのだ。そして僕は別れ際にある質問をした。

「君はどうやってそこまで英語を上達させたの?だって君の英語はほとんど完璧に聞こえるんだ、僕にとって」
「とにかく会話をすることだね。道がわからない時は通行人に聞く、家にいるより友達とでかける。スーパーにでさえ英語を話す環境はあるんだ。自分から動くしかないぜ」
ハンスは真剣な表情で、しかし同時に嬉しげにそう言った。ハンスは29歳といった。8年後には僕もこれくらい話せるようになるのだろうか?おそらくハンスはそのようにして英語力を鍛えてきたのだろう。誰にも見られていない中でそのような地道な努力を続けるのは難しい。

ハンスと僕は再び学校の前に戻りそこで解散した。この1時間程度でまたよりどころとなる外国人がイギリスに増えた気がした。