ケルト音楽を踊る(前編) 社交ダンスの文化

会場は舞台上の照明によって水色とピンクと緑の三色によって彩られていた。フロアに照らしつける濃い水色の色合いはどこまでも深い海を思わせた。ステージ上には多彩な楽器が置かれていた。これからそこに来る演奏者にものだろう。大きなスピーカーでケルト音楽が流されていた。無印良品で流れている優雅なバイオリンの音楽だ。ケルト音楽について何も知らなかった僕はそこでようやくそれが何を意味するのかが分かった。

客は子連れが多かった。前列に座っていた2人の少女はあたりを見回していた。袖の部分がフリル状の白いTシャツを着た子と、サッカーボールが似合いそうな後ろで髪を括った子だ。彼女らのように小さい時期からケルト音楽に触れ合うことができることを羨ましく思った。そして僕は無邪気な外国人の子供を一番苦手としていた。彼らは僕を何も言わずに腫れ物でも触るように見る傾向がある。その時はいつもゲルマン系かラテン系に生まれていればと思うことになる。


演奏者がステージに上がってきたのは約30分後だった。彼らが歩いてきたことは観客の盛大な拍手が教えてくれた。メンバーは全員で5人だった。マイクを持って何か説明をし始めた年寄りの男性は伝統衣装の赤いスカートを履いていた。ほとんどの単語を聞き取ることができなかった。

僕以外の会場の人間は当然その英語を理解したようだ。皆ぞろぞろとフロアに集まり始め、僕も横に座っていたカタリーナやカミーラについていった。どうやら僕はこれから本当に踊らなくてはならないようだ。

今夜踊るのはいわゆる社交ダンスの類だった。老若男女が動ける範囲のアクションしかなく、目的はただ一つ他者との交流にある。ダンスの種類もいくつかあって、それを逐一スカートを履いた男性がステージで教えてくれるのだが、僕はそれをほとんど聞き取ることができない。周りには学校の仲間がいるので彼女らに合わせて僕はいびつな動きを取る。大体の参加者は以前にもきたことがあるようだ。彼らは「ああ、次はこれか」という風にすぐに動きを把握する。僕は同年代の白人に苦手意識があるが参加者の大多数は50歳以上の高齢者だった。そのため僕も彼らに心を開き、彼らはそれを快く受け入れてくれる。

5,6人のグループでするダンスを順番にこなしていく。最初は緊張していた僕も体を動かすと心の芯が温まってきて、誰にでも話しかけてみようという気になっていった。会場が作り出す全てを包み込んでくれる空気がそうさせるのだ。音楽に合わせて手を叩いたり、手を繋いで輪っかを作ったり、そういう基本的な動作の連続だ。休憩のタイミングは次のダンスに移る前の説明の時間のみで体温が上がってくると同時に息が上がり汗がじわろと湧き出てきた。

学校の仲間以外はほとんどが高齢者で構成されている中、1人だけ同年代くらいの女性がいることが気になっていた。メガネをかけた小柄な赤毛の女性だった。同年代の白人は話しているだけで自分の外見や英語力の低さから威圧されてしまうのだが、彼女を見てもそのようには思わなかった。身長が150センチほどしかなかったのもその原因の一つだろう。そして彼女はここに1人できたようだ。僕は彼女を見た時から勝手な親近感を抱いていた。


新しいダンスが始まり、僕は彼女と一緒に踊ることになった。