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「世界を変える戦い」の終わり

21歳の年の3月30日。

ついに「ボランティアの集い」当日がやって来ました。青年たちが必死に準備して来たのは、全てこの日のためでした。ここを乗り越えれば、「世界を変える戦い」も終わりを告げるのです。

事前に大勢に連絡をしておいたおかげか、当日は多くの人たちが会場に集まってくれました。30人くらいはいたでしょうか?

あらかじめ用意しておいた「自己紹介シート」に、趣味や特技や性格、それに連絡先などを記入してもらい、全員分をコピーしてきてみんなに配りました。

でも、なぜだか浜田君は自己紹介シートを書いてくれませんでした。そういうとこ、おかしなズルさがあるのです。

「ボランティアの集い」は和気あいあいと進み、会場を訪れた人たちみんなが仲良くなれました。記念撮影なども行い、最後は近所の喫茶店でパフェなどを食べて終了!これで、目的は果たしました。

その後、新宿に移動し、みんなで打ち上げとして飲み屋に行くことになっていましたが、青年はそれを断りました。そのくらい、ヘトヘトに疲れ果てていたのです。

それに、なんとなくその方が「あの人が寂しがってくれるような気がした」から。ある種の計算だったのかもしれません。


ひとりで家に帰ると、ユー次郎が待っていました。ユー次郎というのは、以前に隣の部屋に住んでいたケン兄貴の弟です。九州の福岡から、箱根の峠などを越えながら、ママチャリ1台で東京までやって来ていたのです。

ちなみに、ケン兄貴は相変わらず青年が前に住んでいた物件で暮らしています。大家さんの家の2階の部屋です。

「アレ~?なんで打ち上げに参加せんかったと?」と、なまりのある言葉づかいでユー次郎が尋ねてきました。

確か、「その方があの人が寂しがるから。女心ってそんなもんだよ」みたいなコトを言ったような気がします。

         *

翌日。最後の日です。3月31日。もうすぐ、あの人の大学も再開します。

いつもと変わらず、あの人はやって来ました。ほんとはこの日、鎌倉に行くはずでした。「全てが終わって『お疲れ様旅行』として、鎌倉に行きたい!」と、あの人が言っていたからです。

あとになって考えると、「あの人の願いをかなえてあげればよかったな」と思います。でも、あの時は何も考えられず、どこにも行く気がしないくらいに疲れ果てていたのです。あまりも全力を尽くし過ぎて…

あるいは、それも「マスター・オブ・ザ・ゲーム」の能力ゆえだったのかも。最短ルートで目的を達成する特殊能力は、短期間で勝負を決めようとするあまり、本来持っている以上の力を出そうとしてしまうのです。

浜田君もやって来て、ユー次郎もいて、その日は4人でトランプをして過ごしました。「世界を変える戦い」の最後の日にしては、えらく平凡な1日でした。


確か、ユー次郎は途中でいなくなったはず。ケン兄貴の家に泊まりに行ったんだったか、そのまま福岡に帰ったんだったかで。

月末だったので、青年は大家さんの所に家賃を払いに行きました。たくさんお金をおろしていたので、「この機会に、あの人にお金を渡しておこうかな?」とも考えました。それに、食費として3万円。封筒に入れっぱなしになっています。

でも、それはできませんでした。なぜでしょうね?

「ここでお金を渡せば、浜田君とのデート代に使われる」とでも考えたのでしょう。青年は、そういうとこ考え過ぎなのです。きっと、彼女は素直に喜んでくれたはずなのに。そうすれば、気持ちもまた変わっていたかもしれません。

実は、この期に及んで、あの人の心はまだ揺れていたようです。この日は1日、浜田君とは険悪なムードで、青年にはずっと笑顔で接してきていたので。これでは、どっちが恋人かわかりません。

でも、疲れ果てていた青年は「もう毎週木曜のボランティアにもいく気がない」と告げました。

それを聞いて、あの人はとても驚き、猫なで声で懇願してきます。

「お願い!やめないでくさい!ねえ、おねが~い…」と、何度も何度も食い下がってきます。

けれども、青年はそのたびに断り続けました。心は非常に揺らいでいましたが、ここで彼女の要望を聞いてしまうと「都合のいい使われ方をしてしまう」と思ったからです。

恋人は別にいて、自分はボランティア要因としてこき使われる。そういう未来が見えていました。それは、あまりにもあまりにもつら過ぎます。

もしかしたら、この判断自体誤っていたのかもしれません。でも、今となっては、何が正しかったかなど、もはやわかりません。

最後に「次の集まりは、いつにしますか?」とあの人が尋ねてきました。

次はないものだと決めつけていた青年は、「次はないよ。これで終わり」と答えます。

時間は午後の11時。

「もう遅いから、早く帰った方がいいよ」と青年はうながします。

ところが、浜田君が「もう最終電車の時刻を過ぎたから、どうしようかな~?困ったな~」などと言ってきます。あからさまな手口でした。

あの人は「家に泊めてあげてください」と言ってきますが、それだけはできませんでした。浜田君の顔なんて、もう2度と見たくもないのです。まして、今夜一晩一緒に過ごすだなんて絶対にありえません!

「そういえば…」と青年は思い出しました。

クリスマス会の日だったか、忘年会の日だったか、浜田君はやっぱり同じように「終電を過ぎちゃってどうしよう?困ったな~」などと言ってきて、かわいそうに思った青年は自分の部屋に一晩泊めてあげたのです。その上、朝ご飯まで作ってあげました。

なのに、こんな風に恩を仇で返す様な行為をして、人というのはやっぱり信じられないものなんだなと思い知りました。そんなコトもあって、余計に浜田君を泊めるわけにはいきませんでした。

そうして、無理やりあの人と浜田君のふたりを部屋から追い出し、「世界を変える戦い」は終わりを告げたのです。


ポツ~ンと部屋でひとりぼっちに戻り、心の中にポッカリと大きな穴があいているのを思い出しました。穴の大きさはかつてないくらいに肥大化しています。

穴の中から闇がにじみ出してきました。少年時代より心の底に生息していた深く暗い闇は、消えたわけではなかったのです。ただ、封じられていただけ。「世界で一番大切な人」が全身全霊を傾けて信じてくれたおかげで、見えなくなっていただけ。

穴の中からしみ出してきた闇は、心の中にムクムクと黒雲のようにわき続けます。そうして、そのまま青年の心の世界全てを包み込んでしまいました。

noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。