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絶対に防御しかしてはならない戦い

「獅子が我が子を千尋の谷に落とす」がごとく、少年に対する母親の攻撃は続きます(実際には、獅子は我が子を谷に落としたりはしませんが…)

少年は毎日毎日、罵詈雑言の数々を浴び続けます。その内のいくつかは「決して語ってはならぬ言葉」でした。そんなものが朝から晩まで顔を合わせるたびに続くのです。

もしかしたら、それは本当に「我が子に強くなって欲しい」という一心で放っていた言葉なのかもしれません。

でも、たとえばこんな言葉が愛情から出てきたものなのでしょうか?

「お前は弱い子なのね。精神的に弱い子。心の弱い人間」

こんなもの、もはや攻撃以外の役割は果たしません。


少年は、毎日、強制的にリングの上に立たされます。対戦相手は一方的にパンチを放ってきます。少年の方は、防御することしかできません。なぜなら、攻撃することは許されていないし、回避は習っていなかったからです。だって、誰も教えてくれなかったんですもの!

攻撃は避けていいんです。嫌なら、その言葉は聞かなければいいのです。

そんな単純なことすら、誰も教えてくれなかったんです!


ボクシングならば、必ずトレーナーがつきます。そうして、適切な訓練を与えてくれるでしょう。「ここから先は体が壊れてしまう」というラインを経験上知っていて、選手にラインを越えないように守らせるはず。

リングで試合に上がれば、レフリーがいます。レフリーが「危険だ!」と判断すれば、試合を止めるでしょう。場合によっては、ドクターストップがかかるはず。

でも、少年にはトレーナーもレフリーもドクターもいませんでした。

いたのはド素人の母親と父親だけ。だから、「限度を知らなかった」のです。「どこまで攻撃すれば、人の心が壊れてしまうのか?」そんの知ったこっちゃありません。ただ、自分たちの掲げた「教育方針」に従って、息子を育てるだけ。それだけだったのです。


ひたすらにリングの上で殴られ続ける毎日。使えるのは防御のみ。反撃することも回避することもできません。これがいかに異常なことか、実際にリングに立ったことのある者ならわかるのでは?

マットに倒れ込むことすら許されません。朝から晩まで顔を突き合わせるたびに、この攻撃は続くのです。

マットは布団だけでした。安心できる時間は眠る時だけ。それ以外は常に敵からの攻撃に警戒し、防御壁を張り続けていなければなりません。

だってこれは試合でもなければ訓練でもなく、戦場だったんです!毎日毎日戦争に参加していたんです!


ところが、このコトが少年にとって幸い(?)しました。

確かに、目をつぶり、耳を塞ぎ、嫌な言葉を聞かないようにすれば、心が傷つくことはなくなるでしょう。

代わりに、そんな人間は「成長」を失います。回避するのが上手い人というのは、防御がおろそかになっているのです。だから、たった1発軽いパンチを食らっただけで、マットに沈んでしまうのです。

少年は全く別の進化を遂げました。一切の攻撃を避けず、その身で一身に受け続けたおかげで手に入れることができたのです。最強の防御力を!

ある意味、母親の目論見通りだったと言えるでしょう。「厳しい育て方をされた子供は強靭な精神の持ち主になる」

この1点において、少年の母親は見事な功績を果たしました!ただし、それはとてつもなく悲しい力。ズタズタのボロボロに傷つきながら手に入れた能力。そんな者がまともな人生を歩めるはずもありません。


いずれにしても、少年はとんでもないレベルの防御力を身につけました。

人間の持つ言葉に対する防御力を数値化するなら、通常の人間が持っている防御力は2桁か3桁。攻撃や回避に特化していて、防御に数値を振っていない人なら防御力1桁ということだってあり得ます。

普通の大人で防御力58とか136とか350とか、せいぜいそんなものでしょう。
よほど特殊な人生を歩んでいたり、特定の職業についている人以外、そこまでの防御力は必要ないからです。

この時の少年の防御力を数値で表すなら軽く5000。防御力5000は超えていました。

noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。