見出し画像

「熟年夫婦」のような関係と「仲のよい姉弟」のような関係、どっちを選ぶ?

「何かがおかしい…」という青年の勘は、どんどんつのっていきます。

でも、どうしようもないのです。スケジュールは立て込み、あまりにも忙し過ぎて頭も回らないし、対処のしようもありません。

「どうにかしなければ!」とわかってはいるのだけれど、気持ちばかりが空回りし、手の打ちようがありませんでした。

青年を支えていたのは「この戦いが終わり4月になれば、きっとふたりで会ってゆっくり過ごせる時も来る。だから、それまでがんばろう!」という強い意志の力だけでした。


渡そうと思って用意していた3万円は、封筒に入ったきり。

「こんなコトをして、彼女はほんとに喜んでくれるのだろうか?欲しいのはお金なんかじゃないのでは?」

そんな疑問がふと頭の中に浮かんでしまったからです。

そうして、ふたりでいる時も気まずい時間ばかりが流れていきます。いたたまれなくなった青年は、頭を切り替えるためによく散歩に出かけるようになっていました。散歩の時間はどんどん長くなっていきます。その間、あの人はひとり部屋に残されたまま。


青年とあの人と浜田君と3人でいる時間は、特に酷くなります。誰も何も言葉を発しないからです。

最初は、青年も場を盛り上げようと一生懸命に話題を振っていました。でも、浜田君は黙ったきり。自分からは何も話そうとしません。その行動を青年は「ズルイ!」と思いました。自分はどんどん情報を開示しているのに、恋敵の方は何も明かさずだんまりを決め込んでいるのです。

あの人も、受け答えはするのですが、自分からは何も話してくれません。

結果、そんな状況に疲れてしまい、青年から話しかけることもなくなってしまいました。

         *

ある夜、青年が1人の時間に海村さんから電話がかかってきたました。「マンガの学校」に通っていた時代に出会って、一緒に映画の撮影などをしたあの海村さんです。

何かの拍子に青年が「現状の生活」について説明すると…

「そりゃ、寂しがってるんだよ。電話してやりな」と忠告されました。

でも、青年は「え~~!あんなに毎日顔を突き合わせてるのに、今さら電話なんてする必要ないでしょ!?」と答えてしまいました。

海村さんは「わかってないな~」という声で「女ってのは、そういうものさ。わざわざ自分あてに電話してくれれば、特別な感情を持つものなんだ」と言いました。

けれども、青年は自分のやり方にこだわりたかったのです。だから、「わかってないのは海村さんの方だ!」と思ってしまいました。

         *

勘の鋭い青年のことです。

「あの人と浜田君は、きっとふたりで隠れて会っているのだろうな」と察していました。ふたりきりで電話で会話もしているのかもしれません。

そこには何の契約も存在しませんでしたが、この時のあの人と青年の関係は夫婦みたいなものでした。「疑似夫婦」とでもいうべき関係。

そこに第3の登場人物が現れて、彼女を奪っていこうとしているのです。夫婦生活に浮気相手が現れたようなもの。

ふたりの関係が「熟年夫婦」とするならば、あの人と浜田君の関係は「仲のよい姉弟」みたいになっていきます。

たとえば、浜田君はあの人にポッキーを食べさせようとするのです。最初は嫌がっていたあの人も「仕方がないな~」といった感じでポッキーをかじっています。きっと、どこかで覚えてきた恋愛テクニックの1つなのでしょう。そんなもの普段は通用するはずがありません。

でも、この時は非常に特殊な環境下にありました。彼女は、この生活に疲れ果て、やすらぎを求めていました。だから、目の前でちょっとやさしくしてくれる男がいれば、そちらになびいてしまう状況にあったのです。

本来であれば絶対にありえない相性の悪い相手にさえ、心ほだされてしまっていたのです。それが後に悲劇を生むことになります。


世界ってのは非常に複雑なんです。「短期的に見た時」「長期的な視点で見た時」では正解が変わってきます。

目の前だけ見て「いいな~」と思える人が正しいとは限りません。目の前でやさしくしてくれる人にいちいち心を許していたら、いくらでも詐欺師や悪い人間に騙されてしまいます。

逆に、嫌な思いをさせてくる相手が、実は「世界で一番大切な人」であるかもしれないのです。

たとえば、お父さんとかお母さんってそういうものでしょ?その時には「もう~!なんで、そんなコト言うのよ!」「めんどくさいな!」とか「ウザイな!」と感じるかもしれません。でも、長い目で見たら、そっちの方が本物の愛情だったりするのです。

青年は彼女のためならば、命さえも投げ出す覚悟でいました。事実、毎日毎日命を削りながら生きていました。

「この人に信じて欲しいから!褒めて欲しいから!」

その一心でスケジュールを真っ黒に埋め、世界中を飛び回って生きていたのです。

でも、その想いは伝わりませんでした。そんなものより「目の前でやさしくしてくれる人」を彼女は選んだのです。

いいえ、ちょっと違います。この時には、まだ迷っていたはず。「熟年夫婦」か?「仲の良い姉弟」みたいな関係か?どちらを選ぶか迷い、両立させようとしていました。

あの人はあの人なりに懸命だったのです。きっと青年の同じように命を削りながら生きてくれていたのでしょう。

けれども、お互いに相手のコトを想いながら、ふたりの好意はすれ違っていきました…

noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。