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ショートショート 思春期サーフィン

朝起きたらもう8時で宿題やってなくて寝癖のまま冷蔵庫から牛乳と菓子パン取り出して乱暴に流し込む。食後の薬2錠もついで。『青春安定剤』って医者が笑って言ってたけど要するに躁鬱の薬だろ。若いんだから無理してなんぼなんだよ。平気なの。牛乳で飲むのよくないって母さんが言ってたけど飲む。飲み忘れないだけ俺えらい。「行ってきます」って早口で言って喉つまらせながら財布とスマホをポケットにつっこんで肩掛けカバンしょって自転車に跨ってやめる。多分走った方が早い。

家から高校までの道のりは長くはないけど急な坂道で「心臓破りの坂」とかなんとか。とにかく登るのが大変で後でその辺ぶらぶらするなら自転車でいいけど行く道は単純に自転車をひいて登るだけになるから走るんだったらない方がいいということをぐだぐだ考えているだけで貴重な時間が過ぎていく。遅刻する。

若い脚力。火事場の馬鹿力。窮鼠猫噛み。南無妙法蓮華経。いろいろ唱えるけど俺走るの苦手。寝坊したんだから仕方がない。信号が赤になれば休めるのにって矛盾したことを考えながらスマホ取り出して時間を確認する。メール来てた。「どこやったの?!」って通知。

何が?

え、何今の。何の連絡?信号が変わる前に横断歩道を走る。もう一度ちらりとスマホの画面を除こうとしてふらついてドラッグストアの店先に半身突っ込んでカイロか何かの山を盛大に崩す。「おいちょっと!」って奥の方で声がするやばい走って逃げる。太ったおじさんが追いかけてくる。やばいやばいけど負けないもんね俺。よく寝たからか不思議といつもより体が軽くてあっという間におじさんをぶっちぎる。後ろ向いておじさん指差して脇道から来てた中埜に盛大にぶつかる。漫画みたにひっくり返る。いってえ。

「いったいな!」中埜が無茶苦茶に怒る。ごもっとも。「前、見て走れ!」
「ごめん。」と謝る俺を完全に無視して立ち上がった中埜が走り出す。「待って。」と俺も追いかける。
「追いかけてこないで!」
「遅刻するのは一緒だろ。」
「私、追われてる!」
は? 中埜が走ってきた方を見る。スーツにサングラスの大人が3人くらい、こっちに向かってきていた。
「何あれ?」
「関係ないでしょ。」
「あるよ!」
「私、今日、学校行かないかも!」
中埜が道を大きく曲がった。追いかけようか迷う。
「このくそガキ!」
という叫び声の方をふりむくとさっきのおじさんが復活していて箒もってこっちにすごい勢いで走ってきていた。まずい。武器はよくない。あわてて坂をのぼる。

スマホが鳴った。うるさい。今忙しい。鳴り止まない。しつこい。まだ鳴り止まない。根負けして出た。母さんだった。
「なに?」
「薬、どこやったの?!」
「のんだ。ちゃんと。」
「白いやつじゃないよ! 机の上にあった黄色いの!」
「色なんか知らないよ! とにかく飲んだ!」
「それ! 母さんの会社の新薬! 筋肉増強剤!」
「ああ?!」
「すっげえドーピングの薬!」
「なんだよその薬! 悪かよ!」
「悪だよ! 母さんは資本主義の犬よ!」

通話を切った。母さんが資本主義の犬で悪だなんてショック。はるか向こうに箒もったおじさんが膝ついて絶望していた。なるほど理解した。俺今瞬間的にスーパーマンってことだ。

立ち止まって坂の下を見た。中埜とサングラスが道路つっきりながら追いかけっこしてる。車道を見た。跳んだ。車の上。次々飛び移る。

通行人やら運転手やらがぎゃあぎゃあ騒ぐので中埜が俺に気付く。サングラスも。いいね。いい隙。何もかもゆっくり動いて見える。悪の薬すげえ。前転して足蹴りを一人にお見舞いする。残ったうちの一人に体当たり。最後の一人が逃げていった。

「ええ? 嘘?」とうろたえる中埜を抱き抱える。「ぎゃあああああああ」と中埜が叫んで野良猫みたいにジタバタする。「落ちるからやめろ」と小さく言ったら大人しくなった。全速力で走る。車道のバイクよりも早い。山道の頂上。学校までもうすぐ。ガードレール飛び越えて高校の裏手の斜面じかに滑りおりる。すごいな。気持ちいい。波乗りみたい。これが人生の波。家もおじさんも道路もしっちゃかめっちゃかだけどとりあえず恋だけこの手の中だ。ちらっと中埜をみたらふくれて真っ赤になってた。ふぐみたい。かわいい。二階の高さで斜面を飛び跳ねた。教室のベランダに着地する。中で友達が「はああ?!」って叫ぶのがガラス越しに聞こえた。

いいから窓開けて。遅刻しちゃう。

ショートショートNo.106

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