見出し画像

ショートショート 「甘くない」

「背中」
後ろから先生の声がした。
「たるんでますよ」
「はい」
薄茶に和菓子を乗せたお盆を持ち上げながら答える。
「これ、お持ちしたら着付け直してきます」

 ことん。
 獅子おどしが鳴った。畳の上に足袋を滑らせて大広間に急ぐ。窓の外の苔の緑が柔らかい。大広間ではお客様が並んでお座りになっている。
「あら」
 一人のお客様が声をあげた。
「マサちゃん!?」

 誰だろう。思い出す間もなく声が続く。
「わたし! ゆみこ! 同じ高校の!」
 広間の皆が私とゆみこを見た。かっと頬が熱くなった。襟の伸びたTシャツで、たるんだ二の腕を揺らして手を振っている。大きな声。一般のお客様をいれたお茶会とはいえ、場違いだ。

「どうぞ」
急いでゆみこに薄茶を出した。とにかく静かにして欲しかった。
「着物、似あうねえ! お茶やっとるだなんて知らんかった!」
ゆみこの声はますます大きくなる。
「母の勧めで」
「ええねえ! 侘び寂び!」
「芸事ですから。甘くないですよ」
小声で答えて婉曲に伝えようとしても一向に声を落とす気配がない。もう放っておこうと席を立ちかけると、ゆみこがまた大声をあげた。
「わあ! 春にわらび餅!」

「楽しんで頂けましたか」
声に背筋が寒くなった。先生がすぐ横にいらっしゃっていた。
「春が旬なんでしょ」
ゆみこに先生がにっこりお笑いになる。
「よくご存知で」
「夏に老舗の和菓子屋さんがお休みしとって」
「お詳しいんですか」
「名古屋中のあんこ食べ比べたんです」
ふふ。また先生がお笑いになる。
「いいお友達ですね」
音もなく立って、そう仰った。

「あの。今度、連れって行ってもらえん?」
先生がいなくなるのを確認した私は、わらび餅を頬張るゆみこに話しかけていた。
「和菓子、食べに」
「ええよ!」
ゆみこが目を見開く。
「一緒にどこへでも行こ!」
それから、広間中に聞こえる大声で言った。
「こっちの道は、えっらい、甘いよ!」

 ことん。
 また、獅子おどしの音がした。

ショートショート No.685

  昨年開催されたコトノハなごやの応募用に書いた話です(落ちました)。お題の写真に対して800文字。お題の場所が明記されない形でした。
 今日の話の写真は多分、「なんであるかが」が一番難しかったと思われるもの。(サムネイルは私が撮った写真で、お題写真ではありません)。和菓子とお抹茶の写真でした。

 この和菓子、お饅頭のような、そうでものないようなもで、しかし、一昨年クリスマスの25日間スキの画像を名古屋のお菓子で埋め尽くした私はピンときたのです。これは名古屋の老舗の和菓子屋、芳光の葛饅頭であると。

 このお店は名古屋の中心地から少し離れたところにありまして、実は私、知ってはいたものの、食べたことがありませんでした。源氏物語絵巻の所蔵で有名な徳川美術館の近くにあります。よし! 食べてみるぞ! と意気込んで地下鉄に揺られ、てくてく歩いて行ってきました! どん!!


 か、夏季休業中……。(定休日までしか予習していきませんでした)。

 一瞬折れかけた心を立て直して、徳川美術館に向かいます。徳川家所蔵の宝物が収蔵されている博物館です。大名家の着物や日常品が多くあるのが特徴です。


 お庭…。「徳川庭園」という回遊式の大名家風庭園(再現したもの)があるのも特徴ですね。小さな滝もあったりします。


 庭園の中には結婚式も行えるガーデンレストランがあります。雅です。


 美術館付属のカフェで一服してきました。サムネイルの写真です。たくさん歩いた体に甘いおまんじゅうと抹茶の苦味がしみじみ沁みます。

 今年こそは、芳光の葛饅頭をいただいて、公募も通すぞ!(このシリーズはこれでおしまいです)