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ショートショート 長谷川さんと唐傘お化け

朝、スポーツ用品店の長谷川さんが店のシャッターを開けると、入り口に唐傘お化けが立っていました。
「靴が欲しいんだ」
唐傘お化けがぶっきらぼうに言いました。
「下駄じゃないやつ」

「サイズは?」
長谷川さんがお化けの足を見ながら言いました。
「結構、大きそうに見えるけど」

「1尺ぐらい?」
唐傘お化けが自信なさげに答えます。
「測ったことない」

長谷川さんが奥から巻尺をもってきました。お化けの足にあてました。
「40センチはあるね」
ため息混じりに言いました。
「そんな大きな靴の在庫はないかなあ……」

「そんな」
唐傘お化けが悲しそうな声で言いました。
「片方だけでいいんだよ」

「片方だけって言われても……」
長谷川さんが腕組みします。
「下駄じゃだめなの?」

「だって」
唐傘お化けがぴょんぴょんとび跳ねながら言います。
「スマートじゃない。下駄なんて。カッコ悪いよ」
手でこぶしを作って、一際大きくジャンプして、ばさり。
興奮しすぎて傘がおちょこになりました。

「戻して」
直立しながら唐傘お化けが言います。真っ赤な顔をしていました。
「こうなったら、自分じゃどうにもできないんだ」

「はいはい」
長谷川さんが、骨を折り曲げないように、慎重におちょこを戻してやります。
「これでよし」

「ありがと」
すっかりおとなしくなった唐傘お化けが言いました。
「靴がないんなら、帰るよ。残念だけど」
くるりと長谷川さんに背を向けて、お店を出ようとします。

「まって」
長谷川さんが唐傘お化けを引き止めました。奥から小さな帽子を持ってきました。
「お詫びだ」
帽子を広げて、唐傘お化けに被せてやります。もとの球団のデザインが変わって、売れなくなった野球帽でした。
「古くて、申し訳ないけど」
被せてから、ちょっと遠目に見て、言いました。
「なかなか、スマートだ」

「気休めなんて」
唐傘お化けはしょんぼりしています。

長谷川さんがにっこり笑って言いました。
「それに、君、中はなかなかかっこいいよ」

唐傘お化けがびっくりしてちょっととび上がりました。
「じゃ。もう帰る」
慌てて店を出て行きます。

ぴょんぴょん、野球帽の唐傘お化けがとびながら街を走ります。
お化けを見た街の人がきゃあきゃあ悲鳴を上げました。
唐傘お化けは黙って通り過ぎます。
だって、お化けたるもの、嬉しくてスキップしてるだなんて誰にも言えませんでしたから。

ショートショート No.487