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ショートショート(と、朗読)  きのこは狩るべからず【SAND BOX 1099】

ー「きのこは狩るべからず」ー

父の会社の同僚に、岐阜に親戚を持っている人がいて、秋にきのこ狩りに行ったことがある。

 岐阜の山は愛知の山よりはるかに高く、緑も濃かった。山というのはこういうものか、とまだ幼い私は思い、いまだにそう思っている。

 ぐるぐると螺旋を描いて父の車は急な坂道を登り、細い脇道の前で止まった。例の親戚の方の山だという。奥に続く道は木が生い茂って薄暗く、見るからにじめじめしている。半ば草に埋もれた看板にペンキでこう書いてあった。

「きのこは狩るべからず」

 父が不満そうな声を上げた。せっかく来たとはいえ、他所の家の土地だ。諦めて引き返した。帰り道の直売所で売っていたきのこが夕飯になった。
 次の日、父が同僚に聞くと、こう答えたという。
「ああ。昔からある看板だよ。山のきのこはいたずら者で、山に入った人間をたまに狩るんだ」

イラスト:悠紀【丸大商店】

SAND BOX 1099 No.032

 6月16日(日)に文学フリマ岩手9に参加します。せっかくなので岩手にゆかりの深い柳田國男の「遠野物語」にちなんだお話をお届けしようと思っています。題して「猫の経立ふったち」(SAND BOX 1099は書き手側として一定区切りでテーマを設けてお話を作っています)。年寄り猫の怪しげな話です。

 今回のお話のもとになった話はこれです。

三三 白望しろみの山に行きて泊れば、深夜にあたりの薄明るくなることあり。秋の頃きのこを採りに行き山中に宿する者、よくこの事に逢ふ。また谷のあなたにて大木を伐り倒す音、歌の声など聞こゆることあり。この山の大きさは測るべからず。五月にかやを苅りに行くとき、遠く望めばきりの花の咲き満ちたる山あり。あたかも紫の雲のたなびけるがごとし。されどもつひにそのあたりに近づくことあたはず。かつて茸を採りに入りし者あり。白望の山奥にて金のとひと金の杓とを見たり。持ち帰らんとするにきはめて重く、鎌にて片端を削り取らんとしたれどもそれもかなはず。また来んと思ひて樹の皮を白くししをりとしたりしが、次の日人々と共に行きてこれを求めたれど、つひにその木のありかをも見出し得ずしてやみたり。

 きのこを獲りに行って不思議なことにあった、という話です。山の中が一種の異界として描かれています。
 ふと思い出すのが桃太郎で、おじいさんは刈りにでかけるのは芝です。おばあさんは川から桃を拾って帰ってくるけど、おじいさんは普段通り。「特別じゃない日常の労働」として登場します。
 芝っていうのは要するに燃料なので(二宮尊徳さんが背負っているやつですね)しょっちゅう刈りに行く必要があったのだと思います。
 一方、きのこ狩りは秋だけなので、ちょっとした非日常であったのではないでしょうか。行く場所も、普段とは少し違ったと思う。
 小さい頃、春に山ウドを獲りに行きましたが、山ウドを獲りに行くぐらいしか普段行かないようなところだったので、行ってみたら「うわあ」ということになっていることがたまにありました。雑草が思いの外茂っている、は想定内。一番驚いたのは(実家の土地なのに)知らない人が大量の犬を飼っていたことですね。

 『遠野物語』冒頭に「この話はすべて遠野の人佐々木鏡石君より聞きたり」とあるように、遠野物語全体は(実話として)聞いた話の聞き書きとなっています。うまく言えないのですが、「実話」というのは事象的な現実としての「実話」ではなく、そこの土地の人の心の中での「実話」、真実だと思います。
 というわけで、私がまことしやかに語る岐阜のきのこ話をご用意いたしました。
 異界へようこそ。

 今月のイラストは4月にもお願いした悠紀【丸大商店】さんにイラストをお願いしています。可愛い、いや、怖い! 悠紀さんの大船渡をPRするYouTubeチャンネルを運営しておいでです。

 朗読の水上洋甫さんは宮城県気仙沼市のご出身。お二方とも東北の方なんです。文学フリマ岩手9にもご参加なさいます。

 悠紀さんのご出店ブース「丸大商店」はこちら。ブース番号はD-32です。

 水上洋甫さんのご出店ブース「ポライエ書房」はこちら。ブース番号はB-10です。

 私の出店ブースはこちらです。「珈琲まねきねこ」。ブース番号はC-27です。
 ラインナップなどはまた記事に書きますね。(まだカタログできてないです)


 「遠野物語」を題材にした「猫の経立」シリーズ、来週も続きます。いつもと少し毛色が違いますが、お付き合いいただけますと幸いです。

 前回のSAND BOXはこちら。

 全体はこちらのマガジンにまとめています。