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ショートショート(と、朗読)  逆光【SAND BOX 1099】

ー水飛沫。ー

 父は写真が趣味だった。
 出かける時はいつも大きな荷物を背負って、私や母そっちのけでレンズをのぞいていた。
 撮った写真はリビングに飾る。客が皆褒めた。実際、私から見てもよく撮れていた。

 小学生の夏に家族で伊豆大島に行った。テレビで見た火山に父が心を打たれたらしい。行きのフェリーにひどく興奮したのを覚えている。産まれて初めての船だった。

 海風のあたる甲板は気持ちが良かった。父が遠くの島に向かってカメラを構えていた。
「クジラが出るかもって!」
 客室から出てきた母が嬉しそうに言った。甲板で歓声が上がる。大人たちが次々と海面を指差した。水飛沫。遠くに確かに何か大きな物の影があった。
「父さん、クジラ!」
 母が騒ぎとは反対側の海を見ていた父を呼んだ。驚いた父がオロオロしながらクジラにカメラを向けた。

 逆光で真っ黒の写真がリビングに一枚だけある。何が写っているのか家族にしか分からない。私が一番好きな父の写真だ。


イラスト:着ぐるみ

SAND BOX 1099 No.031

 声のお仕事をされている(詩や小説も書いておられます)水上洋甫さんにお願いして、朗読をしていただこう、のシリーズ「SAND BOX 1099」です。
 今回含め6月のイラストはnoteでイラストの投稿しておいでの着ぐるみさんにお願いいたしました。絵なのに光がわかるの、なんだか不思議だと思います。素敵なイラストをどうもありがとうございました。文学フリマ東京もある月で、大変だったかと思います。一ヶ月お疲れ様でした! どうもありがとうございます!

 前回のSANDBOXはこちら。

 このシリーズは下記マガジンにまとめています。