ショートショート バールのようなチワワ
「こんにちは、バール!」
玄関で挨拶をした。友人の犬に会いにきたのだ。楽しみで仕方がない。私は無類の犬好きなのだ。
「『バール』じゃないよ」友人が奥から出てきた。私に言い聞かせるように言った。「『バールのようなもの』」
「『バールのようなもの』」
私は言われた通り繰り返す。靴を脱いで家に上がった。
「ユニークな名前だね」
「そうでもないよ」
友人が机にあったドッグフードの袋を開け、床にばら撒く。瞬間、ドッグフードが消えた。
「え?」
思わず声が出た。友人は平然としている。
「『バールのようなもの』だ。食べたんだ。早すぎて見えないけど」
「『早すぎる』?」
「うん。早すぎて家族の誰もちゃんと姿を見たことがない。『バールのようなもの』でしょ?」
「なんの犬?」
納得できずに私が聞く。
「チワワ」友人が答える。「多分」
頬に何か冷たいものがあたって手で押さえた。舐められたらしい。姿はなかった。なるほど。バールのような、チワワのような。
ショートショート No.729
たらはかにさんの毎週ショートショートnoteに参加しています。
今週のお題は「鋭利なチクワ」。裏お題は「バールのようなチワワ」です。