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ショートショート 南北会談

空にはオーロラがうねっておりました。
歴史的会合に相応しい夜だと、光を見上げながら陛下はお思いになりました。
胸に手をあて、目を閉じて、少し深呼吸をなさいました。

この、掛け替えのない平和な夜を、束の間に終わらせぬよう、誠心誠意、努力いたします。

そう、偉大なるお父上にお誓いになりました。

よちよちと、短いおみ足を精一杯の速さで進め、流氷の割れ目へとお急ぎになりました。そこが今夜の会談の開催場所なのでございました。まどろっこしくなった陛下は勢いよく氷にお飛び込みになりました。つるつるつるりと、弾丸のように氷上をおすべりなります。

流氷の割れ目につきました。陛下は何事もなかったかのようにすましてお立ち上がりになりました。雪と氷まみれでございました。約束の場所には例の、白い通信機がペタリとおいてございました。緊張に震えながら陛下はお手に取ります。

すると、聞こえたのでございます。極北の、偉大なるキングのお声が、そのすぐ耳元に。

「聞こえるか? 私は北極の偉大なキング、キングサーモンだ。南極の皇帝たる、皇帝ペンギン陛下にお耳にかかりたい。」

震えました。寒さばかりではございません。興奮で、陛下は打ち震えたのでございました。

「朕が皇帝である。」小さなお声でおっしゃりました。そして、決心したかのようにお声をお張り上げになりました。「朕こそは、南極を統べる唯一無二の皇帝である。」

からからと、向こうから明るい笑い声が聞こえました。北極の偉大な王がお笑いになったのでございました。

「二代目は小心者のおぼっちゃんだと聞いたが、なかなかどうして、剛毅だな。気に入ったよ。」

「こちらこそ。」陛下は少しむっとしてお答えになりました。

「これからも、仲良くやろうじゃないか。」

「どうぞお手柔らかに願います。」

穏やかに会談は終わりました。まずは、大成功でございました。緊張がお溶けになった陛下は、撫で肩を更に撫で下ろしました。通信機を海に戻して、一礼しておっしゃいました。

「この度は貴方様のおみ足をお貸しいただきありがとうございました。お陰で南北の平和は保たれました。大王様のご尽力に敬意と感謝を申し上げます。」

ぼこり。

赤道の海で大きな泡が浮かんで消えました。南北会談の立役者、尊き大王イカ陛下のため息でございました。本当に、歴史的な大仕事でございました。お身体をおねじりになり、伸ばしに伸ばした二本の足をゆっくりとお縮めになりました。そして、満足そうに、深い深い海の底へと再びお戻りになったのでございました。


ショートショートNo.48

鶴城松之介さんの「【松之介コラボ企画】ビーチに海洋生物が襲来したぞ!」への参加作品です。

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