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ショートショート 魔法使いの○

「こうして、みんな、末長く幸せに暮らしました。」

「と、いうわけにはいきませんでした。」

「とおもったら、なんと…。」

最後の○を打つ箇所を決めるだけで、お話はどうとでもなる。悲劇でも、喜劇でも、お好み次第だ。まるで魔法みたい。登場人物たちの運命は思いのまま。多分。腕のいい魔法使いなら。

小さい頃、床板か何かを工事するために大工さんが何人か来た。棟梁はもう随分おじいさんで、歯がところどころなかった。
大晦日が近かったか、何か、そういう理由で、ある日、大工さんたちが工事を片付けた後、うちで酒盛りをした。まだ子供だったから中には入らず、子供部屋で眠った。お酒を飲む棟梁は歯がないせいでコミカルに見えた。漫画みたいだと思った。

次の日だったか、母が酒の席で棟梁が話してくれたことを教えてくれた。

棟梁には息子が2人いた。弟は足が悪かった。車椅子に乗っていた。兄は弟をよく世話した。とても仲の良い兄弟だった。
二人は、釣りが好きだった。
この前、夜に二人が池に釣りに行った。いつものことだったのであまり気にしなかった。
寒い夜だった。弟が、不注意で池に落ちた。
兄はあわてて、ボートから弟の手をとった。
そして、二人とも身動きがとれなくなった。
棟梁は家でお酒を飲んでいて眠ってしまった。朝になっても二人が帰らないので池に探しに行った。二人とも、もう亡くなっていた。凍死だった。
棟梁に奥さんはいない。先立たれていた。棟梁はいきなりひとりぼっちになった。
つい先週のことだ。

びっくりした。
あののほほんとお酒を飲んでいるおじいさんが、そんな悲劇にみまわれた人だなんて想像もつかない。
そもそも、そのエピソードは、なんというか、随分ひどい。どう処理したらいいか分からない話だ。みんな優しく善良なのに、ただ、悲しい結末だけが待っている。「もしも棟梁が早めに確認できたら」という可能性のおまけまでついている。私だったら、一生自分を責めるだろう。本当のところは、分からないが。

けれど、どこを、どう処理したのだろう。棟梁は相変わらず晩酌をする。幸せそうに、見える。悲劇は、終わったの? まだ続きがあるの? どこに○を打てればそうなるの?

私は腕の悪い魔法使いだ。話を聞いてから随分経つけど、まだ分からない。

ショートショート No.98

※完全に余談なんですが、ワクチンをうちまして、夕方頃から熱があがってきてしまったので、明日、何もあがらなかったら、そういう感じなのだと思います。すいません。皆様どうぞお身体ご自愛ください。