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ショートショート タンバリン湿原

 シャリン、シャリン。
 霧の中に物悲しげな鈴の音が響く。この湿原を歩く人は皆この不思議な音を聞いた。大地を踏み締めるたびに鳴るのだ。

 湿原の近くには村があった。村は湿原を聖地と崇めていた。古い伝説によると、何年かに一度のわずかな間神さまのもたらすカワが湿原に現れるということだった。

 おかしな話だ。湿原には川がった。不思議な湿原であることは確かだが、これ以上川なんか現れそうもない。おかしいと言えば名前もそう。この湿原は「タンバリン湿原」と呼ばれていた。聞こえるのは鈴の音なのに。

 暑さの厳しい夏だった。村の子供が夜中に湿原を訪れた。雨のほとんど降らない年で、あちこちで草が枯れていた。

 湿地に足を踏み入れると、ポン。大地が小気味よく弾んで音を立てた。神さまの皮だった。子供は夢中で跳ね回った。湿地全体がタンバリンになったのだ。

 夜明けに雨が降った。シャリン。大地はもう弾まない。子供も行方知れず。音沙汰は聞こえない。


ショートショート No.732

たらはかにさんの毎週ショートショートnoteに参加しています。
今週のお題は「モンブラン失言」。裏お題は「タンバリン湿原」です。