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ショートショート メガネ冠婚葬祭

 あだ名は、『メガネ』である。いつも分厚いレンズのメガネをかけていた。産まれついての近眼だった。

 入学式。同級生たちがメガネをかけていないのを不思議に思った。彼の父も母も祖父母さえもメガネをかけていたからだ。厚底メガネを指差して笑う同級生に「メガネを家に忘れてきたの?」と心からの同情の言葉をかけた。

 頭の良い子供だった。自由研究で知事賞をもらった。『ハカセ』と皆が褒めたが、なにぶんメガネの研究だった。ほどなく『メガネハカセ』に呼び名が変わり、結局また『メガネ』に落ち着いた。

 結婚式ではおそろいのメガネをかけた。新婦の視力は両目ともに2.0だ。歩くだけで目眩がする。「僕のどこがいいの?」と彼は新婦に聞いてみる。「メガネかな」新婦が笑った。

「愛用のメガネと一緒に」。それが遺言だった。「よろしくね」残された妻が棺の中にメガネを入れる。
 彼女と、メガネだけの秘密だ。厚底レンズに隠れた彼の瞳が、世界一澄んでいることは。

ショートショート No.583

たらはかにさんの毎週ショートショートnoteに参加しています。
今週のお題は「メガネ初恋」。
裏お題は「メガネ冠婚葬祭」です。