ショートショート イルカのおとしもの
綺麗に晴れた秋の日でした。イルカの母子が海を泳いでいました。ほんの少し水が冷たくなって、波を切るのもゆっくりです。水面を流線型の体が切るたたびに、しゃらしゃらと気持ちのいい音がなりました。
「ねえ、お母さん。」イルカの子供が聞きました。「僕にはどうして、ウロコがないの?」
「さあね。」イルカのお母さんは言いました。「どこかに、落としてきたのかも?」
「また、いい加減なこと言って。」イルカの子供はぷう、とふくれました。適当に答えたら、僕は拗ねちゃうよ、という代わりに、ちゃぷ、と音を立てて深く沈んで、体を軽く旋回させて、それからお母さんのところまで浮き上がって、軽くお母さんの体に自分の体をすりつけました。
暗くなる前に餌場に行きたいお母さんはちょっと困りました。ここでだだをこねられると遅れてしまいます。「少しジャンプしようか。」と言いました。
「ジャンプ?」とイルカの子供が言いました。
「見ててごらん。」イルカのお母さんは深く潜って、それからまた浮かび上がり、水面で跳ねて1回め、それから強く2回め、最後の3回めで、高く高く空に飛び上がりました。
「うわあ!」イルカの子供はお母さんを見て歓声をあげました。
お母さんは得意満面で海中に戻ります。お母さんが海の中に戻っても、イルカの子供はまだ空を見ています。どうしたの、とお母さんはイルカの子供に泳ぎ寄りました。
「あれ!」イルカの子供は鼻先で空をさしました。「あそこに! 落っこちてた!」
どこまでも続く秋の空に、白くてぴかぴかの鱗雲が浮かんでいました。
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140字版