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ショートショート コップの中の流星群

 小さなスーツケースをかたかたと弾ませながら、男の子はシャトルに飛び乗りました。憧れの火星ライナー。初めての宇宙旅行。寝台に荷物を放り出して、それでもお母さんに言われたように鍵はちゃんとかけて、飛び跳ねるようにして展望室へ。もうすぐGがかかるから、と添乗員さんに注意をされて、大人しく近くの椅子に腰掛けました。安全ベルトをして発射をまちます。

 体がぺちゃんこになるような圧力に、思わず目をつぶって、開いたときには展望室いっぱいに星の海が広がっていました。わあ、と小さな歓声をあげると、八本足の添乗員さんがうやうやしくメニューを差し出しました。

「ようこそ。火星ライナーへ。お飲み物は何にしますか?」
「りゅーせいぐん!」
男の子は間髪いれずに大きな声で言いました。
「『流星群』ですね。かしこまりました。」
 添乗員さんが少し微笑んで、一礼をしてうねうねと去っていきます。男の子は安全ベルトをしたままなのを思い出して、ちょっと気恥ずかしそうにお腹から外しました。

 『流星群』は火星ライナーの名物です。男の子が折り畳んでポケットに突っ込んでいる火星ガイドにもちゃんと一番いいところにのっています。

「お待たせいたしました。」
添乗員さんが吸盤だらけの手で、水の入ったコップと、お皿にのった大きな星形のラムネのようなものを持ってきてくれました。
「ありがとう!」
男の子が言いました。
「どういたしまして。」
添乗員さんが微笑みました。

 コップにはもう表面に水滴ができていて、見るからに冷たそう。男の子が右手でちょっと触って、あんまりひんやりするんで、ひゃ、と声をあげました。すぐに手を引っ込めて、お皿の上の星形のかたまりをつまみます。どきどきしながらコップの中へ。ジュウ、という音と煙と共にすごい量の気泡がコップの中で泡立ちました。のぞきこむと煙で前髪がそよぐほどです。

 コップを両手で持って、思いきって傾けて、ごくんと冷たい液体を飲み込みます。体を突き抜けるような強い炭酸の刺激。思わずぎゅっと目をつぶっておそるおそる開けると、男の子の目の中に小さな星が、群れをなしてチカチカと光っていました。

ショートショート No.175

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