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ショートショート 書き損じの神さま

 この招き猫がまだ新品の時に入っていた箱にはな、実は、小さな神さまがいた。
 土をこねて、焼いて作った素焼きの猫に、昔ながらの岩絵具で彩色した職人が絵の具が乾いたはしから太い指で紙の中に突っ込んで、あらかじめよく揉んでおいた古い和紙をもろい素焼きが割れないように間につめるのだけど、その和紙の中に、神社でもらったお札の書き損じが混じっていたんだ。

 なにしろ、書き損じの神さまなもんだから、髭はぼうぼうだし、朝まで寝てるし、爪は汚いし、あくびはするしで、とにかくどうしようもない神さまだった。

「お前、神さまなんだろ」
 箱の中で新品の招き猫が神さまに言う。
「なんか、ちょっと、神さまらしいことしたらどうだ」

 招き猫に言われて、居眠りしていた神さまが目を開けた。不愉快に思ったのだろう。大きくひとつあくびをした。
「お前、招き猫なんだろ」
 汚い爪で背中とお腹をぼりぼりかく。
「買ってくれるお客ぐらい招いたらどうだ」

「この野郎」
 招き猫は思った。図星だ。腹が立って、動かない素焼きの身体をぶるぶるぶるわなわな震わせた。おかげで招き猫が入った小さな赤い箱がかたかたゆれた。

「あっはははは」
 招き猫が心底怒るのを見て、神さまが指をさして笑う。
「ざまあみろ。いい気味だ」

 かたかた、ことこと、ぐらり。

「わあ」

 二人とも、思わず大きな声を出した。二人の入った箱が突然傾いたのだ。あんまり中で招き猫が揺れたものだから、箱の位置がずれて、棚から落ちたのだった。

 招き猫がぎゅっと目をつぶる。地面に叩きつけられて、粉々に砕けるのを覚悟した。今にも。身を縮ませた。
 けど、ならない。まだならない。おかしい。目を開けた。

 もう箱はとっくに地面だ。けど、地面と床と箱の隙間に、神さまががっちり挟まって、招き猫を守ってくれていた。

「重い」
 神さまが不満そうに言う。招き猫のつるつるの頭をペチンと叩いた。
「どうだ。してやったぞ。『紙』らしいこと」

「痛い」
 招き猫も言った。
「本当だ。『紙』さまさまだ」

「招き猫?」
 箱の外で人間の声がした。焼き物人形を買いに来たお客さんの声だった。小さな赤い紙の箱の蓋が開く。招き猫が眩しくて、ほんのちょっとだけ目を細める。

「かわいい」
お客さんが招き猫を見て声をあげた。
「ちょっと、間抜けな顔で」
招き猫が顔をしかめる。

「900円ね」
店の人が手を出して、お客さんから千円札をもらう。100円をお客さんに返す。
「箱いる?」

お客さんが首をふった。招き猫を、箱から出して受け取った。
「あ」
招き猫が驚く。
「じゃあな」
神さまも、ちょっと驚いたけど、なるべくにっこり笑って言った。
「割れるなよ」

 もう神さまがいなくなった招き猫は、今、買われた家の玄関の隅っこに座っている。ひとりぼっちで、ときどき箱の中が恋しくなる。いや、恋しいのはきっと、あのどうしようもない神さまだ。

「いらっしゃい」
 玄関があくと、招き猫が迎えてくれる。大したご利益はないけど、寂しがりやの、素焼きの猫が。

ショートショート No.496

 冒頭の行が秋田柴子さんにいただいたお題のお話です。これ自体が『箱』をテーマにした公募の書き損じ……げふんげふん。
 なにはともあれ、御文運こいこい。
(どうでもいいけど、わたし、最近猫の話書きすぎですね……)