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ショートショート 送り狼退治

 ある繁華街。深夜でございます。営業課の宮本さんが、ハイヒールの足をひきずりながら歩いておりました。靴擦れ。付き合いの宴席で、少しばかりお酒が入りすぎて、調子にのりすぎたのでございましょう。血の滲むような痛みに小さく声をあげながら、ずるりずるりと灯台のあかりのように光る駅のツインタワーを目指して、歩いておりました。

 そこに、偶然、総務課の関口さんが通りかかりました。決算期でございましたから、珍しく不動産仕分けの残業がございまして、くたびれ果てて、家に帰るところ。足をひきずる宮本さんを見て、駆け寄ります。「宮本さん大丈夫?」
「ああ、関口さん。こんな遅くにどうしたの?」
「残業があって、足大丈夫?」
「ああ、ちょっと靴擦れがやぶれちゃって……」

 そっと宮本さんに肩を貸す関口さん。タクシーをよぼうとして、宮本さんに止められます。もうすぐ駅だから大丈夫。関口さんはスマホを取り出して、時間を確認しますと、ああ、と小さく嘆きました。
「もう終電行っちゃってるかも」

「嘘でしょう」と宮本さん。関口さんに時間をみせられて、ふらふらっとその場に座り込みます。「宮本さん」宮本さんにあわせて優しく道路にしゃがみこむ関口さん。「タクシーよぶ? どっか泊まる?」

「もーう……。」宮本さんは酔っ払ってうまく回らない頭を抱えます。その時、ふと、肩に手がかかりました。「大丈夫?」見知らぬ、若い男性でございました。へらへらと笑っております。「酔っ払ってるみたいだけど。」顔をあげると関口さんの方にももう一人、同じようにへらへら笑った男が立っていました。

「よかったら僕らが送ろう……」宮本さんの肩に手をかけた男が言い終わらないうちにパン、と鈍い音がして、男の顎が天を仰ぎました。宮本さんの右の拳が、裏拳で見事に男の顎に入ったのでございます。

「宮本さん?」関口さんがびっくりして声をあげました。「この人たちまだ何もしてないよ?」「うん」小さく答えて宮本さんが立ち上がります。右の拳を軽く撫でて、ハイヒールを脱ぎ捨てました。深呼吸してゆっくりと体の力を抜き、右手を前に出して構えます。

 詠春拳。スターウォーズ「ローグワン」で香港のアクション俳優ドニー・イェンにはまった宮本さん。「ドラゴン酔太極拳」から始まって最新作「ジョンウィック」まで、映画のドニー・イェン作品は全部10回以上視聴しております。ブルーレイビデオも完備です。なかでもはまりにはまったのが『宇宙最強』の呼び声高い「イップマン」シリーズ。かのブルー・スリーの師匠、詠春拳葉問派の開祖をモデルにしましたカンフー映画でございます。宮本さん、道場にもう5年も通っております。左腕を腰のあたりに落とし、前に向かって優雅にかえして天に向けた右の手のひらを、不敵に笑うと、くいくいと、上下に動かして顎を押さえて痛みをこらえる男を挑発してみせました。

 関口さんの後ろに立った男の手元が光ります。スマホで何かうつと、ばらばらっと、どこからか同じような年齢の男たちが現れました。サークル仲間か何かでしょう。あちらから5、6人、こちらから5、6人。あわせて、なんと! 30人ばかり。ぐるっと宮本さんと関口さんを取り囲みます。さあ、カンフーの達人宮本さんが、どうやってこの窮地を乗り越えたのか、物語はこれから面白くなるところでございますが、書いてる私もいい加減会社に遅刻いたしますので、今日はこれまでといたします。

ショートショート No.245

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※続きを書きました。