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掌編小説 月の耳はロバの耳(#シロクマ文芸部)

 月の耳はロバの耳。
 
 昨日の大阪に出張でさ、何かの声で目が覚めたんだ。おでこに冷たいものがあたっててさ。目をあけると真っ暗だ。窓だった。出張先のホテルで窓際の椅子に座ったままいつの間にか眠っていたんだ。

 夢かな、と思ってさ。ホテルの部屋は乾燥がひどくて、喉が焼けるみたいに熱くなってた。座ったまま寝てたせいで節々が痛くて。何よりすっかり冷えていてさ、体が思うように動かないんだ。それでも、明日も仕事だからベッドで寝なくちゃならない。どうにか体勢を起こそうとすると、また声が聞こえた。

 月の耳はロバの耳。

 驚いたね。夢じゃないんだ。どこからだろうと目を凝らした。すると、向かいのビルの屋上に小さな影が見えた。小さな縞猫が一匹、屋上に陣取って空を見ていたんだ。月の光に照らされて綺麗だったね。そっと、気づかれないように顔を動かして、おでこの代わりに右耳をぴたりと窓にくっつけてみた。

 月の耳はロバの耳。

 大阪の人はおしゃべりだっていうけど、猫までおしゃべりなんだね。こっちじゃ考えられない。そしたら今度はひょい、とまた何か動いた。窓にほっぺまでくっつけて覗き込むと、よく太った黒猫がやってきて、縞猫のところに前に座ってこういった。
「あんた、うるさいよ」
猫にも口うるさいのがいるんだね。人間の世界とおんなじだ。
「ごめんなさい」
縞猫が謝った。それから二匹のおしゃべりがはじまった。
「謝りゃすむってもんじゃないよ。もう深夜の2時だよ。少しは近所迷惑ってものも考えな」
「眠れなくて、つい」
「眠っている猫もいるんだよ。少しは考えないと」
「はあい」
「で、なにをないてたんだい」
「なに?」
「『月の耳はロバの耳』って」

体を動かして、少しでも楽な姿勢になるよう体をねじった。あくびが出て、ひどく眠かったね。けど、猫たちの話を最後まで聞いてから寝ようと思ったんだ。縞猫が得意そうに続けた。

「今日、お兄ちゃんが言ってたんだ『月の耳はロバの耳なんだって』って。だから本当にそうか見てみようと思って」
「へえ。けど、月に耳になんてあるのかい」
「でしょ? 僕もなんだかヘンテコだなって思って」

縞猫が立ち上がってまわって尻尾をたてた。

「だから、催促してたんだ。本当はどうか教えてもらおうと思って。『月の耳はロバの耳』」

「そりゃあ、ひどい誤解だな」

太い、のんびりした声がした。縞猫と黒猫がびっくりして毛を逆立てた。私もびっくりしたね。椅子からずり落ちそうになった。なにしろ。夜空のお月さんが本人が返事をしたんだ。

「ご、誤解ってなんですか?」

震えながら話す縞猫の声が上擦った。お月さんは変わらず、のんびりした声で話し始めた。

「『月の耳はロバの耳』は全部じゃないね。ちょっとかけてる。三日月の時のワシみたいだ。まん丸になるまで足りないところを足そう。そいつは星たちの諺だ。『嘘つきの耳はロバの耳』」
「『嘘つきの耳はロバの耳』?」
黒猫が聞き返した。月がゆっくりうなずいた。

「ああ。そうさ。大方、星たちの噂話でも聞いたんだろう。嘘をつくと、美しくててまん丸の、きんせいのとれた我々星の形が、まがってしまうんだよ。角みたいのが生えてくる。にょきっとな。まるで地上の生き物の耳みたいな。ロバの耳というのがぴったりだ」
「本当に耳が生えてきちゃうの?」
縞猫が大きな声を出した。月がにっこり笑ったね。
「そうともさ。嘘をついたバチがあたるんだろうね。見事ににょっきり生えてくる。誓って本当だ。だって、嘘をつくと耳が生えちゃうからね」

 おかしな話もあるものだと関心していたら、また屋上に違う影が動いたね。びっくりして飛び上がりそうになった。私だけじゃない。縞猫と黒猫。それにお月さんもだ。縞猫が、にゃあ、と一声大きな声でないてこういった。

「兄さん!」

 屋上に来たのは縞猫とおんなじ模様の子猫だった。でも耳が、耳だけがロバみたいに大きくて、だらんと垂れていたんだ。『嘘つきの耳はロバの耳』って、本当なんだねえ。ところでさっきから私の帽子が気になっているみたいだけど、良かったら脱いでみるかい? 耳が見えちゃうけど、知らないよ?

ショートショート No.611

小牧幸助さんの#シロクマ文芸部に参加しています。
今週のお題は「『月の耳』から始まる小説・詩歌」です。