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再び塀の中に戻るのは本当に「2割以上」なのか

今朝,Yahoo ニュースにこのような記事が出た。

こうして少年院のことが話題になるのはとても大事なことで,非常にありがたいと思う。

その一方で

多くの人にとって無縁の場所を話題にしているだけに,記事を読んでもなかなか実態がわからない部分もあるのではないかと思う。

少年院も法務教官も法務省も,そのへんの発信はまったくできていないから,こういう記事はむしろ,実態を歪ませてしまう可能性もあるのではないか。

せっかくなので…

あくまで個人の肌感覚ベースの話にはなるが,”中の人”として少し解説めいたものを書いてみようと思う。何回かに分けて,記事の内容について書いていく。今回はその第一弾です。

(先に謝っておきます。この記事の結論は「僕にもわかりません」です。)

1)「2割」という数字はどこから来たか

”オレオレ詐欺や集団暴走、薬物使用……
未成年でさまざまな罪を犯し、
少年院に入る少年の数は現在、
国内に約2100人。
このうち22%が5年以内に再び罪を犯し、
少年院や刑務所に逆戻りしている。”

記事の冒頭部分だ。

この「22%」という数字はどこから来たのだろうか…記事ではそこが明かされていないが,おそらく何らかの統計を参照したのだろうと思う。正直なところ,僕にもこの数字が正しいのかどうかはわからない。

ただ

体感的には「もっと高いだろう」と思っている。

昨年,別の記事では「35%」という数字が示されている。
こっちの方が,体感に近い数字だ。

ただ

いずれにしてもこれらの数字は,その意味をきちんと噛み砕く必要がある。少年院送致も逮捕も非行の認定も,法律上の様々な手続きを経て行われるものであるため,実は「何を意味しているか」がとっても複雑なのだ。

22%や35%という数字について考えるためには,まず,人が刑務所や少年院に入り,出て,再び入るということの流れを理解しておかなければならない。

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2)逮捕,塀の中から社会へ。そして再び…

人が逮捕され,塀の中に来るまでに行われる手続きをざっくり解説します。

(次項でさらにスーパーざっくりまとめますので,面倒な人はここは読み飛ばしても大丈夫です。)

「悪いことしたら捕まって塀の中に入れられる」

これは,健全に生きている人にとって,法律ではなく肌感覚で受け入れている当たり前の理屈だ。そこに疑問を持つことすらない,冬の次に春が来るのと同じくらい当然のことだろうと思う。

でも

法律上はそうじゃない。

塀の中に入れるということは,居住転居の自由を筆頭に様々な基本的人権を制限するということで,その過程で手錠をかけることも含めて,実はとっても重大なことなんだ。

だから

この国では,人を捕まえてから塀の中に入れるまでに,様々な手続きを踏む。ニュースなどで明らかにそいつがやったにも関わらず「〜の疑いで逮捕しました」などと言っているのも,そういうことの影響だ。

何らかの理不尽な事件や事故が発生すると,基本的には警察が犯人を探す。

警察は,確実に犯人であることを説明するに十分な証拠を集めた上で,見つけた犯人を逮捕する。

逮捕された犯人は,警察にとっては「犯人」だけれど,法律上はまだそうではない。それを最終的に判断するのは裁判所だ。この国では「推定無罪」という原則を大事にしているから,逮捕された時点ではまだ「犯罪者」ではない。(世間の印象とは別の,法律上の立場の話)

様々な経緯を経て,裁判所が最終的に「確かにこの人が,あの日のあの事件を起こした」と判断すると,その時点で「罪を犯した者(犯罪者)」や「非行のある者(非行少年)」になる。

そうやって非行や犯罪の事実が確定すると,状況に応じて刑務所や少年院に収容するという話になるわけだけれど…「逮捕」から「塀の中」までの間に,実は中間地点がある。

拘置所と少年鑑別所がそれだ。

どちらも,逮捕されたあと,裁判所が最終的な判断を下すまでの期間を「犯人と思われる人」が生活する場所だ。

つまり

逮捕された犯人は,警察署から,拘置所や少年鑑別所という中間地点を経て「塀の中」に入ってくるということ。(拘置所や少年鑑別所にも塀はあるけれどね。)

また

逮捕されて,拘置所や少年鑑別所まで行っても,裁判所の判断により刑務所や少年院には行かず,解放されるケースもあるということ。(細かい説明はかなり省略しています。)

つまり少年犯罪で犯人の少年が少年院に入る場合は,こういう↓ルートをたどることになる。

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3)非行少年の逮捕から塀の中までの道のり


①逮捕(@警察署)
 
この時点では法律上,まだ無罪。

②審判(@少年鑑別所)
 「審判」とは,大人で言う「裁判」のこと。
 まだ,非行・犯罪の事実は確定していない。

③少年院
 審判の結果,少年院送致となった場合,少年鑑別所から少年院に移送される。

さらに,少年院を出院したあと再び逮捕され,もう一度少年院に行く場合は,以下の流れになる。(必ずしも少年院に行くとは限らない。)

④出院+保護観察(@一般社会)
 保護観察所の監督のもと,保護観察を受ける。
 要するに,月に2回くらい面接を受けて,生活状況等を報告したりする。

⑤逮捕(@警察署)

⑥審判(@少年鑑別所)

⑦少年院

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4)どの時点を「再犯」とするか

非行少年が少年院に入ると,定められた期間,少年院の中で矯正教育を受けたのち,社会に帰る。

ところがこれは「晴れて自由の身」ということではなく,身体は塀の外に出るものの,保護観察という義務を追っている。(前項④)

われわれ少年院の職員は,送り出した生徒たちのその後について,本人が電話や手紙で報告してこない限りは,基本的には保護観察所からの報告で把握している。

前項の流れで言えば,⑥の段階で知るということ。

それはつまり,逮捕された時点ではわからないということでもある。

そしてここに,「再犯率」などの数字のウラがあると僕は思っている。

保護観察には期間があり,保護観察を終えたら,その後の状況を僕らが知ることはできないからだ。僕ら現場の人間が知らないだけで,統計取ってる人は調べてるのかもしれないけどね。

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5)保護観察終結後に再犯したら…

少年院を出てすぐに逮捕されれば,基本的には保護観察中という立場だから,僕たちのところにも通知が来る。スーパーカジュアルに言うと…

「あなた達のところ(少年院)を出た少年が,もう一度逮捕され,審判の結果,もう一度少年院に行くことになりましたよ」という感じ。

ところが…

例えば少年院を出て5年後に逮捕されたら,基本的にそれは我々にはわからない。保護観察がとっくに終わっているからだ。

極端な話,少年院を出て10年間社会で生活し,11年目に罪を犯したら,僕らのところには通知は来ない。

さて

ではその11年目で再犯した人の場合,「少年院出身者の再犯率」に計上されているのだろうか…

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6)一旦まとめ(「再犯」ってなに?)

少年院送致は,刑務所に送られる懲役と違って「前科」にはならない。

また

保護観察中か,保護観察終結後かに関わらず,法律上の立場からいけば,再逮捕(⑤)の時点では推定無罪だから「再犯」とは言わないはず。

では

「再犯率」というデータは,再び少年院に送られた場合にのみ計上されるのかというと,たぶんそうでもない。

逮捕され,非行や犯罪の事実が認められても,もう一度塀の中に送られるとは限らないからだ。(つまり⑥の結果,保護観察の身分のままで家に帰ることもあるということ)

つまり

「再逮捕」と
「再入院(二度目の少年院送致)」と
「少年院出院後に刑務所に入る」は…

厳密に言えば全部ちがうということ。

じゃ,報道で使われる「再犯」ってどこまでを計上した数字なんでしょうかね。正直,僕にもわかりません。

犯罪白書はきちんと毎年同じ定義で統計を取っているはずですが,だからといって,その数字だけで「少年院を出た者が再び非行や犯罪を行った」という状況のすべてを網羅しているわけではないということです。

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7)余談〜「再犯=少年院の教育不足」だけでいいのか?

法務教官をしてるとよく受ける質問のひとつが

「どんな罪を犯すと少年院に行くの?」

です。

当然の疑問だと思うのですが,正直これは答えられない質問なのです。そもそも少年院送致というのは「罪の軽重」では決めていないから。

少年院送致は「非行の事実」と「要保護性」という概念の総合判断で決定される。

つまり

「悪いことをした」だけでなく
「今の環境では改善できない状況である」ということが
 大きな判断基準だということ。

それはつまり…

「家庭環境等がよくない」というケースがほとんどだということ。

だから極端な話…

「100円のガムを繰り返し盗んだ」という子でも少年院に来る可能性はあるということなのです。家庭環境等が劣悪で,改善の見込みがないとか,親や兄弟がけしかけて万引きさせているなどのケースでは,十分に少年院送致になりうる。

さて

そんな少年院送致になった彼らが,塀の中で矯正教育を受け,22%か35%かそれ以上か…少なくとも何割かの子が再び逮捕されたりしている。

そこに僕たち法務教官は,責任を感じている。

法的な責任はなくとも,また社会がそれについて何を言おうとも,僕たち法務教官は,教え子たちのその後に責任感を持ちながら日々指導にあたっている。

正直,「こいつは再犯するだろうな…」と思いながら送り出してしまうこともある。

でもやっぱり,「出院後の生活」に責任感を持って指導にあたっている僕らとしては,それが何%であろうと,その数字が0でない以上,反省の毎日です。

実際どこまでそれができているかはともかく…
そういう意識を持った法務教官で在りたいと僕は思っている。

ただね…

「保護処分」として少年院に送られるほどの環境で育ってきた彼らが,出院後に生きていく社会は,やっぱり僕が生きている社会とは重ならない部分も多くて,彼らの周りには,再犯を促すような存在も少なくなくて…

そんな中,俺たちが受け取る「再犯率」などの数字は,一体どこまで自分ごととして受け止めたらいいんだろうかと思うこともある。

…いや,ちがうな。

「再犯率」などの数字それ自体ではなく,それをきっかけに起こる様々な議論に対して思うんだ。

…それ,ちゃんと想像力使って話してますか?

って。

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8)終わりに

少年院は教育機関だ。

家庭,学校,地域に迷惑をかけ,そのすべてから半ば諦められた者たちが集められ,塀の中で矯正教育を受けている。

僕は法務教官として,再犯防止に全力を尽くす。

「被害者を放置して加害者支援かよ」と揶揄されることもある仕事だけれど,そんな短絡的な話では断じてない。

その是非はどうあれ,現在,この国の非行少年は「いずれ必ず社会に帰る」という状況にある。

犯罪加害者である彼らに,今手を打たなければ,いずれ自分たちの社会に入り込んできて,また次の被害者を生む存在になる。もしかしたらその被害者は自分の大事な人かもしれない。

もし「少年院送致」が「終身刑」だったら,僕はこの仕事はやれない。

僕は,未来を作る仕事だと思ってこの仕事をしている。

そこに法律上どんな責任もなくたって,僕は目の前の非行少年の”その後”に責任感を持って指導する。

「再犯率」や「再入院率」の細かな定義なんて正直どうでもいい。どんな定義にしたって,「少年院を出た者が,その後,再び罪を犯す」という状況を拾い切ることはできないし,現実にそれが僕の教え子たちの中からも発生しているからだ。

何%で何件だろうと関係ない。

もし今日までが0%でも,生徒も社会も毎年どんどん変わるのだから,過去の成功事例が今後も成功事例になるとは限らない。

前例大好きな矯正界隈だけれど…
突き詰めて考えれば前例には何の意味もない。

全体の大きな数字ではなく,目の前の一人の未来を見ながら,塀の中で悪ガキたちと格闘する日々を,明日も生きたいと思います。

最後まで読んでいただき,
本当にありがとうございます。

奇譚なき御意見を頂戴できれば幸いです。

放デイのスタッフをしながら、わが子の非行に悩む保護者からの相談に応じたり、教員等への研修などを行っています。記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。