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短編|アクションコメディ|市街地調査 ソフトクリーム食べてもいい?-14-

 その後も千歳は、好奇心旺盛な警部の質問に機密に触れない範囲で答えながらテンポよく世間話をする。こういうことはもともと持っている柔和な雰囲気と年の功もあってか、メンバーのなかでは千歳が抜群にうまかった。

 赤信号で停車したとき、千歳とアズールに挟まれて退屈そうに座っていたジネストゥラの大きな目が、あるものを捉えた。
 千歳の膝のうえに手をついて身を乗り出し、ウィンドウの外を見て声を上げる。

「あれ食べたい!」

 ハンドルを握っていた若い警部はぎょっとして、アズールはうるさい、と呟く。千歳は驚きもせず、ジネストゥラの視線の先を追っていつもの調子で応えた。

「ああ、ソフトクリームですね」

 ジネストゥラが見つけたのは、ソフトクリームを手に持った若い女性のふたり組みだ。

「調査が終わって時間があったら寄りましょうか。ジネちゃんに召集がかからないといいんですけれど……」

 とはいえ、あのノーチェの様子だと、よほどのことがなければジネストゥラを呼び戻すという選択は取らなさそうだった。たとえジネストゥラが最大効果のある攻撃を行うϷ(ショー)が出ても、先日のアンフィスバエナのような手ごわい相手でなければ、基地に残っている三人で強引に何とかしそうだ。

「あれは、基地には置いてもらえないのかな?」
「ソフトクリームのマシーンを? うーん、そうですねぇ」

 CSFの隊員は一切代えが利かないため、休暇というものがない。休日はあっても基地の外に出ることはできず、いざ召集がかかれば吹っ飛んでしまう。そのため、福利厚生の一環としてさまざまな嗜好品や娯楽が基地内に用意されており、千歳の日本茶、ノーチェのダージリン・ファーストフラッシュ、ミルティッロの本、ロッソの炭酸などはそのいい例だ。

「もしかすると、本部になら置いてもらえるかもしれません。駐屯地を移るたびに持ち歩くわけにはいかないでしょうけどね」

 戻ったらノーチェに聞いてみる、と千歳は言った。

「──本当に、大変ですね。お若いのに」

 ふたりのやりとりを聞いていた警部が心底労わるように言った。ジネストゥラに向けられたその言葉には敬意とともに、多分に同情が込められているようだった。
 当のジネストゥラは同情されていることなど気づきもせず、千歳の膝のうえに乗っかったまま、パワーウインドウにかじりついて、ソフトクリームを持つ女性達を食い入るように見つめていた。

 千歳はそんなジネストゥラの様子に目を細め、答える。

「我々はそういう仕事ですから」

 三件の事件現場に行くも、簡易瘴気測定器は反応を示さず、期待していた手がかりのようなものも一向につかめない。
 千歳はため息をついてぼやいた。

「ご遺体の状況からして、解析チームもグリュプスタイプの仕業だと予想していたんですけどね」

 被害者はいずれも頭蓋骨(ずがいこつ)をくちばしのようなもので穴を空けられ、そこから中身を吸い取られていた。

 ケーラーにはケルベロス、アンフィスバエナ、グリュプスなどいくつかのタイプがあるが、くちばしを持つ代表的なケーラーは先日の331区での作戦で班長組が退治したグリュプスタイプだ。
 鷹のくちばしと上半身、ライオンの下肢を持つグリュプスタイプであれば、たくましい足や凶暴な爪の跡(あと)が周辺に残っていてもおかしくはなかった。

「監視カメラの映像にも、それらしいものは映っていなかったんですもんね?」

 千歳が念のために再度問えば、警部は頷く。

 多くの人間が生活している居住地にケーラーが潜んでいるとなれば、大事である。なんとしてもこん跡をつかみ、早期に排除したいところだというのに、このままでは何の収穫もないまま基地に戻ることにもなりかねなかった。

「貸せ」

 アズールが横合いから簡易瘴気測定器を奪い、周辺に反応が出ないか黙々と調べはじめた。普段、感情の表れにくいその顔には、メンバーだけには分かる程度にしっかり「不機嫌」と書いてあって、千歳は引きつった笑みをこぼした。

 潜伏していると思われるケーラーの手がかりが全くつかめないことの他にも、千歳には重大な懸念があった。
 どこでどう聞きつけたのか、事件現場を回るたびにギャラリーが増えていた。しかも、彼らのお目当てはアズールのようで、行く先々で声援を浴び、ときに握手を求められるアズールの限界ゲージが着々とたまっているのだ。

 アズールがちやほやされることを喜ぶタイプなら問題ない。しかし、もともと彼は無口な方で、基本的にはひとりを好む。メンバーとは一緒に食事もするし、雑談もする。しかし、隊員以外と交流している姿は見たことがない。

 しかも、愛想? なにそれ美味しいの? という方だ。この状況は彼にとって歓迎できないものであることは間違い、ない。

 この危機的状況をどう打開すべきか考えあぐねていると、ピンピロリ~ン♪ と腹立たしいほどふざけた電子音がして、千歳はびくりと身をすくませた。

 音に驚いたのではない。
 瞬間、アズールがケーラーを斬るときのような殺気をまとったのを肌で感じたからだ。

 こわごわと見てみれば、アズールが三人組の女性にスマートデバイスで写真を撮られていた。

 大丈夫だ。二刀流や峰打ちだけでなく、居合(いあい)も得意とするアズールの手はまだ柄(つか)には伸びていない。アズールはロッソと違って忍耐強いのが幸いだが、その分、爆発したときは恐ろしい。
 ───(斬られたくなかったら!)写真を撮るのは、本人に許可を得てからにして。

 重大インシデントを握りつぶすべく、意を決した千歳が声を上げようとしたとき、どすんと低い音がして足元が揺れた。
 嫌がる首を叱咤して、ぎしぎしときしませながら動かしその正体を確認すれば、大鎖鎌が納められた黒光りするケースが、午後の柔らかな太陽のひかりを不気味に反射していた。ジネストゥラが放り出したのだ。

「ジ、ジネちゃん、疲れたなら車で休んでいますか?」
「別に疲れてないけど? なんで?」

「あっ……そう?」

 じゃあ、なんでそんなコワイ顔してるの?! と、千歳は半べそで聞きたい気分だったが、実際には口にできなかった。

「いや、それなら──いいんです、けど」

 これほどまでに切迫した状態だというのに、無慈悲にも千歳の頭痛の種はケーラーのこん跡がつかめないことと、アズールがイラついていることだけでは済まなかった。

 アズールと真逆の方向にあるジネストゥラの限界ゲージもまた、たまっている可能性が高いのだ。
 ジネストゥラは、自分に関心が向いていることが当然と思っている節がある。アズールの脇役になり下がっているこの状況をよしとしているわけがなかった。

「今日の人選だけは最悪ですよ。ノーチェ……」

 千歳は力なく空を仰ぎ、しみじみと呟く。空は憎らしいほどに晴れ渡っていた。

「アズールってさあ──」

 いよいよ審判のときがきたのかと思い、ジネストゥラの声に千歳は弾かれたようにその顔を見下ろした。

「すっごい人気ものなんだね」

 しかし、今、その顔に浮かんでいたのは、どうやら自分に関心が向いていないことへの不満ではなさそうだった。

「なんで? そんなにかっこいいかな。チトセだって見た目は悪くないのにね」
 抜けてるところは残念すぎるけど、とジネストゥラは抜かりなく付け加える。

「アズールとロッソは一般の方からの選出ですからね。まあ、つまり、英雄みたいなものなんですよ。特にアズールはこの地区の出身ですから」

 ジネストゥラは分かったような、分からないような感じだった。

「それって、アズールとロッソは僕とは違うってこと?」

 見上げて真剣に聞くので、千歳は慎重な言い回しで答えた。

「違う、ということではないんですけれどね」

 千歳はふとアズールとロッソが隊に加わったときのことを思い出した。そういえば、ジネストゥラはまだかなり幼かったはずだ。だから、ふたりの加入経緯が他の四人とは異なることを、そもそもよく分かっていなかったのかもしれないし、以後も誰かがあえて説明してみせたりしたこともなかった。

 ジネストゥラはじっとアズールの姿を見ていた。虹彩(こうさい)が大きいジネストゥラの瞳は、彼の顔を愛らしく彩る反面、表情を消すと感情が読みとりにくい。

「早く、帰りたいな」

 ふっくらした色つやのいい唇からこぼれ落ちたのは、意外な言葉だった。ジネストゥラの視線のさきで、いつもの二割増しは仏頂面に見えるアズールが少年と握手をしていた。

「せっかくノーチェを丸め込んで来たのにね」

 千歳が反発を誘うように、あえていじわるな言い方をしても、ジネストゥラは乗ってこなかった。それどころかアズールを映す金色の目は、うるんでいるのではないかと思わせる風情だった。

「やっぱり基地がいい」


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