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短編|アクションコメディ|ジネストゥラがモンスターになった訳-15-

 千歳が頭を抱えているその頃。
 一方、基地では────

「いや、何度見ても本当にすごいことしたね」

 解析チームとのミーティングを終えたノーチェとロッソは揃ってモニターの前に座り、ある映像を見ていた。

「素晴らしい」

 その場には、ミーティングに参加していなかったミルティッロの姿もある。ノーチェがすごいものが見られると、わざわざ部屋に呼びに行ったのだ。

 ノーチェを挟むようにして右にミルティッロ、左にロッソという並びで一列に座り、三人が見ているのは、先の331区でロッソとアズールが行ったアクロバティックすぎる連携攻撃だ。

「ロッソの斧を振り上げる様といい、アズールの踏み切りの瞬間といい、これは芸術です」

 ミルティッロは監視カメラが偶然にとらえることができたその映像を、何度もコマ送りにして真剣に見ていた。少し、観点が違うようだ。

 ロッソがうす気味悪そうにミルティッロの秀麗な横顔を見る。

 視線に気づいたミルティッロが映像を一時停止して、じっと見つめ返し、ゆるりと微笑んだ。

「ロッソの目は本当に美しい色ですね。ガーネットのようです」

 魔術を使われたように金縛り状態になったロッソと、うっとりした顔でロッソの顔にゆっくり手を伸ばすミルティッロを、挟まれたノーチェが見比べた。

「ミルさん」

 ノーチェは白い指がロッソの顎にかかる前に、その手首をつかみ、真剣な眼差しですみれ色の目を見つめた。

「美しいものこそ手を触れず、鑑賞だけにとどめる方が、美を愛する者として高尚なのでは?」

 ノーチェがなにやら哲学的に諭すと、ミルティッロははっとして手を引っ込めた。金縛りから解放されてロッソがほっと息をつく。
 ミルティッロの魔の手から実にノーチェらしい方法でロッソを守り、ふたたび再生されはじめた映像を見て、隊長は形の良い眉をひそめた。

「ロッソとアズールの連携攻撃は確かにすごいけど、このアンフィスバエナのサイズは異常だな」
「ふつうの大きさなら、あんなことやらなくたって、届くからな」

 ロッソの武器である大斧はリーチが長い。一同で一番長身のロッソの身の丈以上もあるのだ。

「会議でも話に出たけれど、それでなくても最近はケーラーの出現頻度が高すぎるし、今、チトセさん達が調査に行っている案件も含め、何か嫌な予感がするね」

 良くないことが起きる前ぶれでなければいいけれど、とノーチェは顔を曇らせる。ロッソとミルティッロもモニターの中の超大型の魔物の姿を目に映し、口を閉ざす。

 部屋にはなにかの計器の電子音が規則的に響いていた。

 いささか重くなった空気を払うようにノーチェがロッソに明るく問いかける。

「それにしても、どうしてこんなこと、シュミレーターで訓練していたの?」
「別に訓練してたわけじゃねえよ。アズールとやっているときに、グリュプスが飛び回ってイライラするから、叩き落せねえかなってなって、なんとなくやってみただけだ」

 ノーチェはふと思い出したように訊いた。

「今のシュミレーターのベストスコアっていくつ?」
「17522だってよ」

 ついこの前アズールが更新したばかりだ、とロッソが悔しそうに言うと、ノーチェとミルティッロは絶句した。

「一万、七千……? そんな域までいってるの?」

 ノーチェは最後に自分がシュミレーターを使ったときのスコアを正確には覚えていなかったが、ミルティッロに聞いてみれば、彼の最高スコアは五千台だという。ふたりのスコアは明らかに桁が違っていた。

「まずジネに抜かれて、そのあとはあっという間にロッソとアズールに抜かれたな」

 ノーチェが出したその名に、ロッソは何か思い出したように苦言を呈す。

「お前らジネを甘やかしすぎだよ」

 ノーチェとミルティッロは顔を見合わせる。

「あんなモンスターに育てちまって、どうすんだよ」

 モンスター……と、繰り返してノーチェは声を上げてひとしきり笑った。

「そんなにひどいかな?」
「ひどいだろ」

 ロッソの返答はあまりにも早く、若干食い気味だった。ノーチェは今度は淡い苦笑を浮かべる。

「ジネは五人兄弟の末っ子なんだよ。しかも、うえ四人はみんなお姉さん。だから溺愛されていて、もともと甘えっ子だったんだ。それに──」

 ノーチェは灰色の目を伏せ、デスクの上においていた手をぎゅっと握った。

「ストーンを世襲しているのは私達もそうだけど、ジネは特に若かったから……あんなに早く隊に参加させることになってしまって、やっぱり可哀想なことをしたなって思うことも、あって」

 うつむいたのに合わせて、ノーチェの一房だけ長い左側の髪が流れ、顔を隠す。ロッソはジネストゥラ加入の経緯をはっきりとは知らなかったし、ノーチェの左側に座っていたロッソには、彼がどういう表情をしているのかも分からなかった。

 ミルティッロが芝居がかった仕草で肘をつき、揶揄(やゆ)するようにロッソに視線を送る。

「私達にそう言うわりには、ロッソとアズールもずいぶんとジネちゃんには甘いように見えますけれどねえ」

 おおいに身に覚えのあるロッソはがりがりと赤髪をかきむしった。これはロッソの癖だ。

「俺、シュミレーター行ってくるわ。アズールに負けてんの気に食わねえし」

「ロッソ」
 立ち上がった長身をノーチェが見上げた。

「CSFに入ってくれて、感謝してる。本当にありがとう」

「お前に礼を言われる筋合いなんかねえよ」

 ノーチェがロッソの手を取って微笑むと、ロッソは照れたように振り払った。

「じゃあ、私も久しぶりにシュミレーターやろうかな。さっきの、やってみたいし」
「え? ノーチェがあれやんのか?」

「だめ?」
「いや、ダメっていうか──お前はやる必要ないだろ」

 ノーチェの武器は射程のあるハンドガンだし、大体にしてノーチェは現場に出れば指揮官としての役割の方が大きい。

「やってみたいんだよ。アズール以外なら出来そうなのは私だと思うんだよね」

 確かに軽捷(けいしょう)な身のこなしを得意とするのは、ノーチェ、アズールのふたりだ。しかも、ふたりは例外のジネストゥラを除けば他の三人に比べるとやや体重も軽い。

「シュミレーター、付き合ってくれるよね?」

 ノーチェが聞くと、ロッソは気圧されたように頷いた。

「ミルさんはどうします?」

 自分はシュミレーターは嫌いだが、ノーチェがアズールのように飛べるならそれを生で見たいとミルティッロは言う。

「よし、じゃあ行こうか」

 部屋を出て三人で並んで歩き出してすぐ、ノーチェは何かに思い当たったように声を上げた。

「そういえばさ──ロッソ、前にジネの大鎖鎌の分銅を投げてみたとき、ジネみたいにできなかったよね」
「あれ、大きさのわりに馬鹿みてえに重いんだよな」
「アズールをあんな風に上げられるのに、あの分銅は投げられないって……それって」

 そこまで言って、ノーチェは口を閉ざした。ロッソと顔を見合わせる。

「あいつ、やっぱりモンスターだな」

 苦虫を噛み潰したような顔をして呟いたロッソに、ミルティッロは笑みをもらした。


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