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第2悔 『大後悔宣言』 



 地球暦1121年5月15日――
 
 『対ウィンド戦勝記念日(Victory over Windo)』のその日、皇都ルームの戦勝記念広場では戦勝二十九周年記念式典が執り行われようとしていた。

 例年ならジョアン大皇たいこうが祝辞を述べるところだが、今年は皇太子のマルコと共に長期の海外視察中とあって、代わりにエンリケ第二皇子が演説をすることになっていた。
 ルームの街では、事前に漏れ聴こえて来た演説の内容――「世界をより良くする方法」――が話題になっていた。
 「戦勝記念日と何の関係があるんだ?」と、いぶかしがる者がほとんどだったが、政治通や事情通はエンリケ皇子の家庭教師トスカネリを指し「暗愚あんぐな皇子の考える事ではあるまい。トスカネリ様の入れ知恵よ」などと噂した。 
 
 午前十時、すでに戦勝記念『みんなの広場』には大勢の人が集まっていたが、前日、少なからず今回の画期的と言われる皇子の発表に心が躍ったフェルディナンドは、相変わらずベッドの中の人だった。
 例によって世話を焼きすぎる親友クリストフが迎えに来たとき、フェルディナンドは言ったものだ。

 「えっ!? クリストフ、お前……現地まで演説を聴きに行くつもりだったのか?」

 日が暮れてからの酒場や、あるいは翌日のカフェでの噂話を聞けば良いと思っていたフェルディナンドは、結局クリストフが用意した自動馬じどうばに無理やり乗せられ、ぼやきながら『みんなの広場』に向った。

 そんな親友に対しクリストフも応戦した。
 「少しはノニー以外の事にも本気になってくれよ。まぁ、今日の演説を聞けば……そのオレンジ色した燃え盛る髪の毛負けしない情熱がたぎって来るハズさ!」  

        
 クリストフとフェルディナンドの乗った自動馬が戦勝記念広場の入り口に着いたのは、エンリケ皇子の演説が間もなく始まろうかという時だった。
 演説台の設置された舞台からもっとも遠い広場の入り口まで人があふれかえっていた。
 どれくらいの人になるのだろうか? 
 人の熱気で、二〇〇メートル先の演説台が蜃気楼のように歪んで見える。

 フェルディナンドは自動馬の背の上に立ち、広場全体を眺め舌を巻いた。

 「すごいな……みんな今日の“発表”とやらを楽しみにしてるのか? なぁ? クリスト――」

 一足先に下馬していたクリストフの方を振返ると、彼は何者かと話しているところだった。
 さすがは国民的デザイナーで人気者である。皇族関係者にも顔が利くと見えた。

 「フェルディナンド! 降りて来いよ!」

 クリストフが爽やかすぎる笑顔を振りまき、親友を呼び込む。 
 どうやら話が付いたらしく、広場の警備責任者と思われる男がやって来た。

 「この方が特等席まで案内してくださるそうだ」

 クリストフがそう言うと、いかにも兵士あがりと言った警備責任者の男は無言でうなずき、無駄のない動きで歩を進めた。フェルディナンドも二人のあとを訳も分からずついて行った。
 関係者専用の裏道を抜け出た所は会場の最前列付近。中央にある演説台とは目と鼻の先の位置だった。
 周りの観衆も偉そうにいきなり割り込んで来た二人の男に、罵声ばせいを浴びせようとしたが、その内のひとりが国民的な人気者、ファッション・リーダーのクリストフと気付き逆に歓声を上げた。

 「うおー! クリストフさん! やっぱりあんたもエンリケ皇子の“提案”に賛成なのかい!?」
 提案? 発表することは提案なのか? 民衆に何かをさせるのか?
 フェルディナンドがそう考え始めるやいなや、彼の背後、広場全体から地を揺らす津波の様な、音楽隊のファンファーレの音もあっさりかき消される程の大歓声が襲って来た。

 遂にエンリケ皇子が舞台上手から姿を現したのだ。

 そのすぐ後ろには、インペリアル・ガードが二人とエンリケの家庭教師で“盲目の賢人”ことトスカネリも付き従っていた。

 リゴッド皇国の歴史を変える大演説が今、正に始まろうとしていた。 


 「リーゴッドッ! リーゴッドッ! リーゴッドッ!」

 観衆が一体となる中、皇子エンリケは悠然と演説台に登壇した。
 付き従う家庭教師トスカネリが皇子の右前方に一歩踏み出し、声援を制するように右手を掲げると、観衆は一斉に押し黙った。

 エンリケがトスカネリに向ってうなずく。それを気配で察したトスカネリもこうべを垂れ引き下がると観衆はいよいよ固唾かたずを飲んで見守った。

 「対ウィンド戦勝二十九周年の今日という良き日に! 私は諸君らに問いたい!」

 エンリケが開口一番高らかに叫んだ。その甲高い声は会場の隅々まで響き渡った。
 五万は居ようかという観衆がざわめいた。やはり噂どおり何らかの問題提起をするのだろうか? エンリケは続ける。

 「およそ三十年前にウィンド王国の侵略から国土を守り抜き、勝利を得た我がリゴッドだが、未だに逆賊ぎゃくぞくたるウィンドの手の者や、それらに協力しようという不届きな不満分子らが至る所で暴動等の騒ぎを起こし、皇国の発展と繁栄を妨げようとしている!」

 早くも熱を帯びて来たエンリケに、観衆も手に汗を握り始めた。
 戦勝記念式典で不満分子について言及したのは今年のエンリケが初めてである。

 「何故なぜなのか?! パックス・リゴッデーナ! このリゴッドによる完全なる平和が訪れて一体何の不満があろうか!? 何故なにゆえ、人は真の平和の到来に恐怖を抱くのか!? これはリゴッドの民が未だ成熟してない証拠である! いや、人類全体がだ!! だから私は今日、堂々と宣言する!」

 観衆はその迫力に気圧けおされ、エンリケは演説台を拳で叩きながら更に前に歩み出た。

 「時は来た! 人類が誕生して今まで、何の進歩も見られなかった! 精神面においてだ! だからこそ、争いの無い完璧なる世界を作る為に! 今こそ人類は革新すべく“後悔”しまくるべきなのだ!!」 

 ……後悔……?
 
 絶句する観衆をかえりみる事無く、エンリケが続ける。
 「後悔して、後悔して、後悔しまくって! 精神的人類革新に向ってのかてとすべきなのだ!!」
 
 観衆もいよいよ、どよめき始めた。話を理解する者もしない者もエンリケのその真摯しんしな思いに心を奪われつつあった。

 「さぁ、行くが良い! リゴッドの民よ!! “後悔”する事を皇国第二皇子改め、“後悔皇子”エンリケが奨励する!! 大後悔時代の幕開けだ!!」

 エンリケが右腕を大きく振り見栄を切ってみせると、大観衆は興奮のるつぼとなった。
人々は口々に「後悔するぞ!」「よし、後悔だ!!」などと言ってお互いを鼓舞こぶし合った。
 
 地球暦1121年5月15日――
 この日、後悔皇子エンリケが“後悔”する事の大切さ、素晴らしさを説き奨励したこの宣言を、後世の歴史家は二つの意味から『大後悔宣言』と呼ぶ事になる。
 
 
 
 第2悔 『大後悔宣言』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆
 
 
 

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