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自作小説

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詩ほど短くもなく、歌詞ほど曲は似合わず。 短編と呼べるほど長くもない、そんな物語たち。
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2020年4月の記事一覧

『涙』④/④

『涙』④/④

痛む心をどう抑えればいいのか苦しみながら、海に着いてしまった。腰を下ろしケータイを開く。彼女の未来を一番に考えて、文章を書き上げた。

「今日はわざわざ来てくれてありがと。初めての海はどうだったかな?

もう春からはキャンパス変わっちゃって顔を見る機会は減っちゃうけど、自分の勉強頑張ってね!さよなら。」

僕はこれから『さよなら』を告げる。もう二度と会えないときだけ使うと決めていた言葉『さよなら』

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『涙』③/④

『涙』③/④

だんだんと雲は黒さを増し、今にも雨が降り出しそうな空の下。他愛のない話題すら見つからない冬の無言の帰り道。互いに話し掛けることさえできずに、僕らはただまっすぐ駅へと向かって歩いていた。

人影もない小さな公園。さびれた駅の改札口。彼女を迎える電車が来るまであと13分。

「今日はありがと。海ってやっぱり広くて大きいね!ちょっと感動した。」

「だろ?喜んでもらえてよかったよ。…そろそろ改札入ったほ

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『涙』②/④

『涙』②/④

「はい、念願の海」

空は水平線まで目を凝らしても青の要素が見えないくらい、どこまでも曇っていたが、彼女にとっては生まれて初めての海。彼女の目は大きく開かれ輝きに満ち、目と同様に口も鼻も大きく開放したその横顔には、喜びが溢れ出していた。

「ここで、この海に見守られながら生まれ育ったんだね…。どんな感じ?」

「どんなって…別にないよ。海なんて生まれたときにはすでにそこにあって、毎日のようにただ見

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『涙』①/④

『涙』①/④

僕が生まれ育ったこの街の中心には小さな駅がある。改札を出てすぐ右側には、腰の高さくらいの生垣で囲われた小さな公園がある。公園と言ってもあるのは砂場と控えめに置かれたベンチだけで、子供が少しがんばって走ればすぐに端から端まで届いてしまう。少し前に映画のロケで使われたらしいが、その映画を僕は見ていない。

駅から南に歩いていくと、水の汚い海が見える。あとは駅の反対側に無駄にでかい大仏があるだけ。観光地

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