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自作小説

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詩ほど短くもなく、歌詞ほど曲は似合わず。 短編と呼べるほど長くもない、そんな物語たち。
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2020年3月の記事一覧

『こうもり』7話/7話

『こうもり』7話/7話

註)文通小説なので偶数話はありません。

いつもの席に今日は、彼女は現れなかった。窓の外では黄昏が始まりそうな深い色を街に落としていた。バイトの時間を見計らって店を出ようとしていたとき、店のドアの乾いた音が聞こえ彼女が入ってきた。
「あら、今帰るところかな」
「ええ、ちょうど今。これからバイトなので」と僕は、名残惜しさを顔に出しながら言った。
「それは残念。また今度ね」
「はい、また」そう

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『こうもり』5話/7話

『こうもり』5話/7話

註)文通小説なので偶数話はありません。

 窓の外を見ると明らかに晴れ渡った空の下、ビルの間に挟まれた狭い道を何台もの車が通り過ぎていく。それが仕事の車もあれば、買い物や子供を迎えに行く車もあるだろうし、あるいは休日を謳歌している車もあるかもしれない。こんなによく晴れた日なのだから、どこかへ出かけるのもいいかもしれない。でも、気軽に好きな所へ行けるような都合のいい車なんて持っていないし、電車で出か

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『こうもり』3話/7話

『こうもり』3話/7話

註)文通小説なので偶数話はありません。

僕がこの喫茶店を気に入っているのには、お気に入りの席がある他にもう一つの理由がある。それは店内の雰囲気だった。通りに面して広く取られた大きなガラスは、店内には十分な明るさをもたらし昼間は照明がほとんどいらないくらいだった。何年も経って色が馴染んできたくらいの木目調の壁は、いい具合に使い古したアンティークのカウンターやテーブルとイスと絶妙なバランスで共

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『こうもり』1話/7話

『こうもり』1話/7話

最近の僕は、変な夢ばかり見ている。この前は自分が動物園の動物になっていた。視界の端に僕のものであろう羽根が見えたので、おそらく鳥の類のなにかだったのだろう。僕は檻の内側から、幼稚園児やカップルが僕のほうを見ているのを、とても嫌な気持ちで見ていた。時折飼育係の女性が入ってきて、僕の気持ちを一切汲み取ろうともせず、「私はこんなにも動物に愛情を持って接しています」と言わんばかりに、一方的な慈愛をこれでも

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