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恥にまみれた表情

村上龍の小説では「恥」として説明される表情が登場する。

印象に残っていたのは一箇所だけだったが、実際に調べると何度も登場していたので、それらの箇所をピックアップしてまとめた。年代の新しいもの順に記載している。

口にはめているあの器具は顔を醜くするためのものじゃなくて笑えなくするためのもので、人間は笑うことで恥ずかしさから逃れようとするから笑えなくすれば恥ずかしさが皮膚の表面まで自然に浮き上がってくるのよ。

歌うクジラ(2010)

もっともひどかったのは重光という政治家の顔だった。雨に濡れて額から血を流していてが、それは関係なかった。重光という政治家の顔には恥のようなものが浮き出ていた。ヤマダの父親は首を吊って自殺したが、その父親も自殺前によくそういう顔になった。死にたくなるほど自分を恥じていて、それを隠そうとしているのだが、恥の量が多すぎて顔の表面ににじみ出てくるのだ。こういう顔は見る人を不安にする。わたしも恐いんだよと泣きながら正直に言ったほうがまだマシだ。

半島を出よ(2005)

p79
即死じゃない奴が撃たれた場所を押さえて転げ回るのを見るのはいやなものだった、一度炎の揺らめきに明るく照らされた奴を撃ったらセミオートの弾丸が股間に集中した、戦闘服のその部分が弾け飛んで弾丸が肉を引きちぎり血がドボドボと垂れるのがはっきり見えた、血と一緒に垂れ落ちたものを想像した、そいつの顔もよく見えた、そいつはまるで退屈でのどかな昼下がりの公園で鳩に餌をやるためにしゃがみ込むように、ゆっくりとしゃがみ込み、股間に手をやってすぐに足をばたつかせて苦しみだした、しゃがみ込んで股間に手をやり垂れて落ちる大量の血と大きくえぐられたその部分に気付いて変な表情になった、怒りとか恐怖とか苦痛とか悲しみとかそういうものではない、何かに許しを乞うような、自分の罪と弱さを認めたような、恥にまみれた表情をして、その後にわめきながら地面を転げ回った。

p167
進化するのに意志が必要かどうかなんてわからないし進化の価値も一口では言えないけど、退化はひどい、生きる意志を根こそぎ奪ってしまうような声だった、恐怖というより、恥、みたいなものにまみれた声でね、ネズミの鳴き声の方がはるかにましだよ

五分後の世界(1994)

額の汗を拭こうと洗面台にのびあがって鏡を見てしまった。皮膚の眼差しによって作られた虹色の膜が破れて、恥が現れているのがよくわかった。鏡は私の恥を映していた。

フィジーの小人(1993)

 『先生』の顔は「恥」でいっぱいだ。この男は何かを恥じている。わたしはジョエルの存在を確認して安定しているのだから、きっと彼の恥は関係によって生じたものではなく、彼の内部で発酵したもののはずだ。彼が何かを隠していることに変わりはないが、それはわたしの失態やズレではなく、彼自身の恥ずべき秘密なのだろう

イビサ(1992)

>勝沼の上気した顔が少し歪んでいる。体内の恥が出口を捜しているのだ。暗く湿った穴が見つからなくて苦しんでいる。

>勝沼はピアノを弾くのを中断した。ピアノが止んだのでアコがこちらを見て、ミキちゃんも振り向き、ルナちゃんも、恥に染まった顔をこちらに向けた。ルナちゃんは助けて下さいと哀願しているような表情だった

コックサッカーブルース(1991)


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