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他人の痛みがわかるか

たいていの人は、他人の顔を殴る時、心に負荷がかかる。それは、粗暴な人でも同じらしい。人が傷つくことに一切の躊躇いを覚えずに暴力を振るえるサイコパスは、それほど多く存在するわけではない。

誰かが殴られて鼻血を出すような場面を想像しただけでも、人はゾッとするものだ。それは、殴られた人の痛みを、自分がこれまでに体験してきた痛みになぞらえて想像し、自分が殴られたかのように共感し、同調するからだ。

人と人とは、共感を通じてつながっている。だから、他人を意図的に傷つける時、人は相手の痛みに共感して心に負荷がかかる。相手を殴ろうという動機、引き金となる怒りや興奮が、相手の痛みへの共感からくる心への負荷を凌駕するとき、人は相手の痛みに構わずに殴ることになる。

刑罰は、もちろん暴力行為をとどまらせる要因になる。しかし、実際に人を殴ったりして傷つけようとする時は、「これをしたら暴行罪だ」「これ以上やったら傷害罪だ」と考えるより、相手の痛みへの共感からくる心の負荷と自らの衝動の源となる怒りや興奮との間の較量の方が先に立ち現れる。共感力が強ければ、怒りや興奮に任せて暴力を振るうことは少なくなる。

共感力が高い人を表す言葉には、エンパス、HSP、繊細さんなど、いろいろある。それぞれ微妙に指し示すものが違っているが、自分以外の人とつながって、その人が感じること、感じるであろうことを自らも感じてしまう度合いが強い人ということだ。
厄介なのは、自分以外の人が本当に感じていることだけに共感、同調するのではなく、その人が必ずしも感じてはいないことに勝手に思いをいたしてしまったり、感じていても少しだけなのに過剰に共感してしまったりすることがあることだ。

他人が実際に感じている痛みや苦しみは、究極のところわからない。

人は他人の痛みを、自分が経験したことのある痛みに置き換えて追体験することで理解する。私は男性で生理痛というものを経験したことがないので、その辛さは想像ができない。出産の痛みもそうだ。追体験できない痛み、想像が及ばない痛みなので、それに近いと考えられる痛みのことを思って「追体験的なこと」をしてみるにすぎない。そこに誤解が生まれる隙間がある。「共感、同調」の名のもとに、飛んでいない電波を勝手に作り出してキャッチする現象が起こる。他人の痛みや苦しみだけでなく、ちょっとした不快感、苛立ちなどにも、事前に過剰に思いをいたし、勝手にグルグルと考えてしまう。それを、損な性格だと感じている人は多い。

実際に、そのような性格の人は損をすることも多い。気を遣いすぎる、神経をすり減らしてしまう、誰も気にしていないことに一人ストレスを感じるというのは、実生活の上では不便なことだ。

しかし、共感力の強い人には、損な面だけではなく、積極的に他人の心身、魂に働きかける力が強いという面もある。

子どもが胃腸炎で下痢をしている時、横にしてお腹に手を当てて、腸が整うように気を送ると、治りが早い。単に大人が手を当てていることで子どもの体温が上がって回復しているだけということもあるが、一番効いているのは、治れと願う心から出る想念だ。

ボディスキャン瞑想と呼ばれる瞑想の方法がよく紹介されるが、基本的にはそれは自分のためにする瞑想の一つの方法論を指している。私が想念で子どもの胃腸炎の回復を早められると言うのは、胃腸炎になっている子どもの身体について、あたかも自分の身体のようにボディスキャンをする感覚に近い。

胃腸炎の症状を知っている人は多い。その症状を想像して、今、胃腸炎で苦しんでいる子どもの胃腸を、あたかも自分の胃腸のように考えて、整うように想念を送る。外部に神仏のような超自然的な存在を措定して願いをかけるのではなく、子どもの胃腸の不調を直接追体験して、それが整っていくように導く。それを気功と呼ぶか、「手当て」の不思議な力と呼ぶか、また別の呼び名で表現するか、用語はどうでもいい。人間には、そういう能力がある。

この能力は、共感力が強い人の方が優れている。相手の状態を追体験する力が強いだけでなく、それを望んだ方向に導く力も強いのだ。受動的に他人に同調する力だけでなく、自らが主体的に、能動的に他人の心身に同調して導くことができるということだ。

自らが整った状態の時、能動的に他人の心身に同調するのが容易になる。誰かが痛みや苦しみを感じている時ばかりではなく、いつでもいい。平時でも、「あの人がもっと楽しく健やかにすごせるように」と考えて、その人に同調して導くことができる。距離が離れていてもできるし、相手がこちらを認識していなくてもできる。もっと言うと、相手がもはや生きていなくても、魂に同調することができる。そもそも、人は死なないので、身体を伴って生命活動をしているかどうかは大きな問題ではない。

ある種の超能力だ。人は誰しも、この超能力を持っている。共感力が強い人は、その損な面に注目するのではなく、この超能力が強いということにも注目すると良い。

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