2021年6月28日(月) 表面だけ取り繕ったって

 大人になると、これすると嫌われる、こういうことすると相手から一切の連絡を絶たれる、みたいなものが多少分かってくる。
(ほんとに多少。子供の時よりは、という程度。人間一生自分を客観視なんて出来ないと思う。)

 だから一見当たり障りのないまともな社会適合者らしく振舞うことはできて、
それに慣れるとその当たり障りなくてまともな社会適合者なのが本当の自分なんじゃないかと調子に乗り始めるけれど、
当たり障りのないまともな社会適合者として振舞いながら少しずつ溜まっていったストレスに耐え切れなくなった時、不安定な自己が顔を出す。

 人に迷惑をかけないようにという理性と、本当はこうしたいという不安定な自己の持つ感情にズレがあって、
「人に迷惑をかけてはいけない」を大義名分に感情とずれた行動をとり続けると、
心の中の「本当はこんなことしたいんじゃない」が積もりに積もって爆発する。

 表面だけ取り繕ったって、「不安定で普通の事が出来なくて社会不適合者」な内面はなんにも変わってないじゃない。
 ちょっと見た目だけいいように見せて、自分が真人間になれたと調子に乗っていたのが恥ずかしい。

 でも、そうやって人に見せにくい本能を表面だけ取り繕う事、つまりは理性で本能をコントロールする事が必ずしも不必要ということはないんだろうなと思う。
 あれが欲しいという本能を、混乱が起きないようにという理性でコントロールして列に並ぶように。


 根っこの短所は無責任な子供時代と驚くほど変わらないのに、こっそり取り繕って大人のふりをしていること、そのおかげで社会にいられること、しかも本当はそれが苦しいこと、
 一体どの感情を一番に優先してあげればいいか分からず困っています。

ここまで読んでくれたあなたがだいすき!