惚れたもん負けかもしれないけど、何かに惚れられる人は素敵だ
今までの行動主軸は「惚れたもん負け」でした。
何かを好きになっても、その何かにとって自分は取るに足らないその他大勢でしかないから。
ずっと幸せに手が届かなくて、好きになっても虚しいだけだから。
だからなるべく周りに興味を持たないようにして、見えないふりをして、どうでもいいふりをして、傷つかないように生きてきた。
そうやって生きてきて、いままで一体どれだけのものを見逃してきたんだろう。
どうせ自分は、なんて1ミリも考えずにまっすぐな好意を向けてくれる人、一度挨拶しただけなのに顔と名前を憶えてくれた人、なんでもない時に話しかけてくれて気にかけてくれる人、そんな人達に出会う度に眩しくて尊いものを見た気持ちになる。
これまでの自分を責めたくなる。でも救われたような気持ちがする。
見返りを求めずに何かに惚れられる人は、優しくて眩しくて美しくて、強い人だ。
歪んだこころが恨めしい。
けれど、こころが歪んでしまったのは、多分そうでもしないとこころが壊れてしまう場所にいたからなんじゃないかと思う。
見ないようにしたことで、興味を持たないようにしたことで、守れる何かがあったんだ。
この歪みが自分を守ってくれた証なのだとしたら、歪みも含めて居場所を作ってあげられたらいいのに。
いつか安心して何かを好きになれたらいいのにね。
ここまで読んでくれたあなたがだいすき!