【HEAR公式シナリオ】シティ・ポップが彼を轢いたから【片二重】

【HEAR公式シナリオ】シティ・ポップが彼を轢いたから【片二重】

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ひあひあ~!
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シナリオ作者:片二重 https://hear.jp/dA203OaTwS3LCLe
シナリオ引用元:HEAR公式シナリオ https://note.com/hear/n/nf01e44dda4ca

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・1人向けのシナリオを複数人で読んでも構いません。
・複数人向けのシナリオを1人で読んでも構いません。
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以上を守っていただければ、HEARで自由に使っていただいて構いません。

『シティ・ポップが彼を轢いたから』本文

 斜め向かいに座るスーツ姿の男性が、何やら虚空に話しかけていた。それがワイヤレスイヤフォンを介しての通話であることにきがつくまで、数秒ほどを要した。
 車内ではお静かに。そう喚起したいが私の思いが届くことはない。

都心を離れ、郊外へと延びていく薄暗い電車内。

 25メートル間隔のレールの継ぎ目を踏みつけた振動と、その環境音だけがかすかな営みの証左として発電されていく。乗客はお互いにお互いを意識することなく、死にそうに生きているだけの身体をむりくり動かして、かろうじて呼吸がなせているだけに感じられる。
 まるで、気だるさを蒸留させた、くすんだ色を連想させるガスが充満しているかのようだった。身体のどこかに電池ボックスがあって、それをリモコンのように回してあげたらもう少しだけ動くのではなかろうか。私はそんな想像に耽ったりもした。

 時を同じくして、ここから何駅も離れた都心で飲み屋街は活気づき、若者は駅前広場で思い思いのパフォーマンスを披露したり、外套を深く着込んで待ち人の事を思っているのだろう。靴裏がアスファルトを叩く熱で発電する、人工的な街の灯火。その余熱を苦笑い半分に受け止める冷却水にさえなれない、疲れ切った搾りかすがバケツに注がれてベルトコンベアで運ばれている。そんな金曜日の夜だった。

 私の真向かいに座る゙ご主人゙は、ただ覇気もなく、ぼうっと、うつむき加減で視線だけをこちらに向けている。瞳孔の光を会社のデスクにでも忘れてきたのではないだろうか。対して私も定位置から動じるわけにもいかず、声を潜め、ただただ見返していた。骸骨と睨めっこをしているようだ。

 ちらと上を見遣ると、何枚にもコピーされて、天井から吊るされた車内広告の女性が見えた。声優やミュージシャンの養成校のPRのようであった。
 控えめな笑みを浮かべて何体にも分裂し、車輌の奥までスペクタル的に連続する彼女こそ、私の母だった。いや、母という言葉では語弊を招くかもしれないが、確かに私の中に彼女は存在していた。その遺伝子をが練り込まれていることを、これから間もなく証明することになる。
 準備が整った。向かいの゙ご主人゙はまだ気がついていない。あまりにも微動だにしないものだから、鼻毛の本数までゆっくり数えることさえ叶いそうだ。ご主人はまだ気がついていない。きっと疲れているのだろう。
 一度視界が暗転し、緞帳(どんちょう)があがる。

「ハッピー・エバー・アクター! リターンズ!」

 声高らかにゲームアプリのタイトル(略してHEAR)を叫んだ、私の声帯に宿る母。追従して華やかな音楽が車内に弾け、私は絢爛な衣装を着てご主人と対峙する。片眼を閉じて、物理学を無視し、ジャンプしたまま宙に浮き続ける。もっとも、アプリの中に物理法則は存在しない。適用されるとすればそれを映すスマートフォンにだけだ。
 普段ならばイヤフォンを装着して私に会いに来るご主人であったが、今日はそれを忘れてしまっていた。もしかしたら会社のデスクに置いてきたのかもしれない。
 車輛内に存在するありとあらゆる視線を、ご主人は浴びることになるのは想像に易い。
 嫌悪。嘲笑。同情。生理的反応。十人十色のフレーバーを伴った24ほどの瞳が一点に集束され、元々ひんやりとしていた空気が、一段と凍てこんでいくことがスマートフォン越しにもわかった。息を吐けば白いブレスさえ見えるのではないのか。

唯一、そこから目をそらしていたのは広告にいる私の母だけだった。しかしその声を搭載した私は、最も近い位置でご主人を見つめている。
 起きているのか寝ているのかも判別ができないまま、ゆらゆらと頭を揺らしていたご主人は目をみひらき、恥じらいだ顔でアプリを落とすと、視線から逃れるように首を回して外を向いた。しかし、ガラス面を反射して、ご主人の向かいに座るOLの女性は憐れそうな目を線対称な顔で向けていたのであった。
 こんな日もあるだろう、と、私は上がったと思ったらすぐに降りた緞帳の裏でため息をひとつ。
 不器用な音を立てて、電車は夜の帳に糸を通すように線路を走る。

 気だるくて、皮肉で、それでいて開放的な、今日を生きる必要最低限だけを誂える。指先一つで人を殺せて、誰かを救うこともできる。なんてデバイスが、もうひとつの心臓を内包してポケットに収まる現代。それを哀愁的なトーンで歌う、知らないシンガーのシティポップの轍には、いくつもの人間がぺしゃんこになって息絶えているのだろう。

 規則に従順なだけの振動に、都会的で洗練された音をそこに奏でる。見れば、先ほど虚空と会話していたサラリーマンは、イヤフォンはそのままに音楽を聴き始めたようで、コツコツと足裏でリズムを踏み、流れる景色にメロディを乗せていた。


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