【HEAR公式シナリオ】結婚【柚坂明都(ふぁいん)】

【HEAR公式シナリオ】結婚【柚坂明都(ふぁいん)】

ひあひあ~!
「声で"好き"を発信したい人」のための音声投稿サイト、HEAR(ヒアー)公式です。

この記事は、音声投稿サイトHEAR内限定で使用できるシナリオ台本です。
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HEAR公式シナリオ使用規約

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・使用に際してHEARユーザーさんからの使用許可の連絡は必要ありません。
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シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices
シナリオ引用元:HEAR公式シナリオ  https://note.com/hear/n/n6ec8f2c30e77

・HEAR以外の場所で使用したい場合や音声コンテンツ以外で使用したい場合は、事前にHEAR公式まで使用許可を得る連絡をしてください。
・シナリオの著作権は作者に帰属します。

▷していいこと・いけないこと
【◎いいこと】
・1人向けのシナリオを複数人で読んでも構いません。
・複数人向けのシナリオを1人で読んでも構いません。
・シナリオの途中までや一部を抜粋して使用することも可能です。
・物語に合ったBGMや効果音を付けることは大歓迎です。
【×いけないこと】
・シナリオ内の表現や設定を改変することは一切禁止です。
・HEARに投稿することを目的とした練習などで使用する場合以外のシナリオの転載、再配布は禁止です。

以上を守っていただければ、HEARで自由に使っていただいて構いません。

『結婚』本文

 土曜日の昼下がり。
 私は分厚い本を広げてみているが、しかし、先ほどから一ページたりとも進む気配がない。
 読みたかった本ではある。有名な学者が書いたというベストセラーだから、取引先との会話の種にはもってこいだろう。少々難解な表現はあるが、しかし、自分であれば問題なく理解できるレベルであると自負してもいる。
 だが、少しも読む気にはなれなかった。
 周りに人の気配がないことを確認して、私は本から顔を上げる。
 私のいるリビングは、そこそこの広さを誇っている。さすがにもう何十年も経ってしまっているから、壁や床には傷もあるが、それにしたって上等なリビングだと思う。
 家具だって上質なものを揃えているし、壁には数百万はした絵画だって飾ってある。若い頃に理想としていた、充分すぎる生活のはずだ。
 だが、不思議と今の私には、どれもが空虚に思えた。こうなってしまったのはいつからだろう、と思う。いつから私は、週末が苦痛になったのだろうか。
 私はそっと椅子を立ち、部屋の隅、窓際へと向かった。春らしい陽射しが差し込む特等席で、猫が心地よさそうに丸くなっている。そこに、なるべく音を立てないように近づいて手を近づけると――猫は、今まで眠っていたのが嘘のように、素晴らしい俊敏性で私のもとから去って行った。
「撫でるくらいいいじゃないか」
 私は思わず呟いていた。声に出すことで、少しはこの虚しさが軽くなればと思ったのだが、吐き出した虚しさは誰にも受け止められずに、そのまま私の耳へと戻ってきた。心なしか、吐き出す前より重くなった気がする。
 うららかな春の陽射し、とはいえ、窓辺は、五十も後半を迎えた親父の居場所ではなかったので、仕方なく私は椅子へと戻った。逆に、もう少し年を重ねれば、窓際どころか縁側が似合うようになるのだろうか、などと妙な思考に襲われた。その際はぜひ、ひざに猫を乗せようと決意する。
 再び本の前へと戻ると、ふと私の耳に、階段を降りてくる音が聞こえてきた。
 私はあわてて本を手に取る。大丈夫、文字は正常の向きだ。逆向きに持ってしまうなどという、子どもの頃に読んだ漫画のようなミスはしていない。
 リビングの扉を開けて入ってきたのは、今年成人したばかりの娘だった。本を読むふりをしながら目で追うが、娘は一直線に冷蔵庫へと向かった。飲み物を取り出し、コップに注ぐ。そのまま流れるように飲み干すと、再び飲み物をしまって、さっさとリビングを出て行った。
「ドアをきちんと閉めなさい」
 思わずそう声を出すと、足音が止まる音がして、少し間を置いてから、がちゃん! と強い音がして扉が閉められた。
 私は息をつく。そんなつもりはなかったのに、思わず少し大きな声を出してしまった。疎まれただろうか。きっとそうだろう。あの扉の音こそがその答えだ。
 私だって本音を言えば、そんな注意などしたくはなかった。しかし、他に何を言えば良いのか、少しも思いつかなかったのも事実だ。結局娘は、こちらに一瞥もくれることはなかった。私のことなど眼中にない? いや、本を読んでいる空気を察して、邪魔しないようにしてくれたのだろう。そうに違いない。
 娘が二階に戻ったのを感じて、私は再び本から目を離した。私の知る限り、家にいるとき、娘はほとんどいつも、自室にこもっていた。今日は出かけているが、妻も家事をしているとき以外、大体二階にいる。時折、妻と娘の話し声がかすかに聞こえたりはする。あのふたりは、普通に会話しているようだ。
 私はついに本を閉じた。近頃、週末はいつもそうだ。こんなことなら仕事をしていたい。職場なら、休む暇がないくらい、色々なところから声をかけられ、頼られているというのに。自宅での地位は一番低いのだ。
 間もなく定年だが、リタイア後、私はどうなってしまうのだろう。考え始めると、どうしようもなく逃げたくなって、私は目を閉じた。

「はい、これにて終了です。お疲れ様でした」
 ――目を開けたとき、私は自分がカプセルの中にいることを思い出した。
「いかがでしたか。当社自慢のシミュレーションシステムは」
 スーツの男がにこやかにそう話しかけてくるが、それどころではない。自分の腕を眺め、身体を触る。
 手にしわはないし、だらしなかったお腹も引っ込んでいた。
「今回のマッチングは、いかがいたしますか?」
 現状を確認した私、いや俺は、喜びに顔を震わせながら、笑顔で即答した。
「キャンセルでお願いします! この相談所も辞めます!」
 そうして、スキップしながら帰路につくのだった。己の身の軽さに心を躍らせながら。
 ――残された男は、首をかしげる。
「どうもなあ……このマシンを導入してから、婚姻成功率が下がっている気がするなあ。どのお客様も、とても嬉しそうではあるんだが……」
 その呟きに、マシンを操作していた白衣の男は苦笑して答えるのだった。
「だから言ったでしょう。結婚前に婚姻生活をリアルにシミュレーションできるマシンなんて、作らないほうがいいって」


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