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介護の始まりは川端康成の「雪国」書き出しと似ている

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。地面が白くなった。
「雪国」川端康成著

この書き出しを思い出すと、介護が始まるご家族の気持ちに似てるな。って思う事があります。

学生の時にどなたでも聞いたことのあるような非常に有名な書き出しで、川端康成はノーベル文学賞を受賞しました。

私がこの作品と出会ったのは中学生の時、有名だからという理由だけでその本を手に取って読みました。

内容としては大人の恋愛事情や登場人物の心情が登場人物の「言葉」として表される事が多い作品で、正直、登場人物の心の移り模様を捉えられずに、作品の素晴らしさは分かりませんでした。

大人になって、改めて読んでみて、登場人物の心情を読者に預ける作品って知ったのは後からでした。

もちろん、内容としては介護が始まるのと全く違う内容です。

しかし、作品内で「雪国」という新しい世界

知らない世界に飛び込んでしまった。

これから何が起こるんだろう?

何が待ち構えているんだろう?

という舞台の幕がゆっくりと上がる表現

名称未設定のアートワーク 2

この書き出しで電車に乗って雪国に向かっているトンネルの中、何かが始まるような、違う世界に誘われている気持ち

その背景を背負って待ち受ける介護への不安や焦りの気持ちを持っておられる

ご家族が疾患や疾病、あるいは怪我などによって、闘病生活が始まった時、この「何かが始まる」という緩やかな変化を視覚的にも、体感的にも表している表現が私がなりわいとする医療・介護の場面と非常に類似しているように感じるのです。

私の祖父は脊髄小脳変性症という難病でした。

体がゆらゆらと揺れて、バランスが取れずにハイハイをしながらも頭を壁にぶつけちゃったり、立ち上がれなかったりする「治らない病気」です。

おじいちゃんが難病を患ってから、私の実家近くに引っ越して来て、いつでもおじいちゃんに会いに行く事が出来ました。

理学療法士を志し、あと少しで資格を取る直前で祖父は他界してしまいましたが、祖母が10年以上に渡り、必死に介護していた背中を今でも鮮明に覚えています。

今、おばあちゃんとお話すると、「たくさんの人に助けてもらったし、難病だったから国からの補助もあって、医療費を国が補助してくれた。医療費が安くて、悪い気がしたぐらい。」って笑顔で答えます。

まだ理学療法士じゃなかった私は、見様見真似で論文で何か良いアイデアを見つけてはおじいちゃんの家を訪れた思い出がキラキラと残っています。

今考えると、そこに技術はありませんでしたが、精一杯の心は込められたと自負しています。

資格取得してから、10年以上が経過し、その介護という人生の岐路に立ち始めた方々にお会いした時には、何より、「私はあなたを助けたい」って、伝えます。

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。地面が白くなった。
「雪国」川端康成著

時に私たち医療従事者は、いつも雪国に居る状態であるため、雪を見ても「日常」としてしか捉えられない事があってしまいます。

地面が白くっても、白いのが当たり前になっちゃう事があるんです。

そんな時、私はこの雪国の書き出しを思い出すんです。

在宅での介護現場では不安が通り越して、飛び出してしまって、言い争いやなすりつけ合いや、強い言葉で押し付けてしまうご家族を見かけます。

正論だけでは間違いなく医療・介護では通用しないって、助けられないって知りました。

これから介護をスタートする方やご家族も、「あぁ、今までと違う国に来たんだから、その国の人に頼ってみよう」と思ってもらえたらと思ってます。


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