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大人の夏休み

数週間前。最近忙しかったなあと思い、特に理由はないけれど、有休を申請した。その日が近づいてくるにつれ、私は心の中でその日を「大人の夏休み」と呼ぶようになり、自分の心の望むままに過ごす日にしよう、と決めた。
今日の投稿は、そんな私の「大人の夏休み」を振り返っての記録です。


週5で朝9時から働く毎日を繰り返す中で

社会人になってもう5年は経っていますが、いまだに時々置いてけぼりな気持ちというか、どこか不思議な気持ちになるのが、部署の朝会の時間。
私の会社では、朝9時から部署の全員で、今日のスケジュールや直近の重要事項などを確認します。画面に映る先輩や後輩の顔を見ながら、「みんな、いつもと同じような顔をしているけど、本当にそうなのかな?」って不思議に思うんです(この気持ちわかってくれる人はいますか・・?)。

私はというと、例えば寝落ちしたまま朝を迎え、いつもより気持ちがリセットされていない日があったり、前の日にプライベートで大きなことがあって朝になってもどこかその気持ちをまだ引きずっている、というような日があったりします。

プライベートで何があっても、朝9時がきたら必ず仕事モードに切り替える。それを週に5回繰り返す。よく考えたらすごい…!
たまにはオフの日があってもいいよね。そんな気持ちで、特に予定はないけど有休を取りました。

大人の夏休み当日までのわくわく感

有休の週を控えた日曜日の夜。明日から平日か、仕事が始まるなあ・・・と思いながら、そこまでブルーな気分もなく。
「今週は週の半ばに『大人の夏休み』があるじゃないか」という小さな希望で、自分がわくわくしているのを感じました。週に1日休みが増えるだけで、ここまで心持ちが変わることに自分でびっくり。
まだ有休当日はきてもいないのに、そのパワーに驚かされました。
これだけでももう有休とった意味があったなあ、なんて思いました。

自分の心に身を委ねてみた

そして迎えた「大人の夏休み」当日。天気もばっちり晴れ。
休みだから寝坊してもいいのに、いつもと同じ時間に勝手に目が覚めました。
「自分の心の望むままに過ごす日にしよう」と決めていたこともあり、特に予定は決めずに1日がスタート。

やったこと1:家事をして暮らしを整える

せっかくの夏休みなのに?と思えるかもしれませんが、いきなり私が始めたのは家事。ここ最近おかずのストックが減っていたので、朝からせっせと料理をし始めた自分がいました。
私はお腹が弱めなので、できるだけ自炊して、自分のお腹に合ったものを食べるようにしています。時間を気にせず料理して、ご飯を食べて、洗い物をして。そんな時間を過ごしながら、こういう普通のことをゆっくり丁寧にやりたかったんだなあ、と改めて気づきました。

私にとって家事とは、暮らしを整えていくこと。すごい料理が作れるわけでもないし、片付けは大雑把だけれど、無心に自分が手を動かすことで、自分の暮らしが整う感じが好きです。昔はどちらかというと部屋は散らかし放題だったし、親が家事をするのを自分から手伝うような子供でもなかったので、人生どう変わるかわからないな、って思います。

いい天気の下、気持ちよさそうに風にたなびく洗濯物を見て、とっても満たされた気持ちになりました。

やったこと2:海岸を裸足で歩く

午後から私が向かったのは海。海岸を裸足で歩きたかったんです。
電車に揺られ、だんだんと空が広くなったら、海に着いていました。
砂浜はとても熱かったけど、いざ海に足を入れると冷たくて気持ちよかったです。

いつもは靴を履いて、都会のコンクリートの上を歩く私。
砂の上を裸足で歩いたことで、自然と繋がっている感覚を感じました。
かなり癒されました。

30分くらい、海岸をもくもくと歩いて。
今後に向けて色々と考えたいこともあったのですが、砂浜から時々顔を出す貝たちを眺めたり、海風の気持ちよさを感じてたりしていたので、考え事は全く捗りませんでした笑
でも、目の前の今のことに自然と集中していたからこそ、未来の考え事に頭を回せなかったんだろうな、と思うと、マインドフルな体験ができてよかったなと思います。
日常は慌ただしく、周りに置いていかれないように、常に未来のことを考えがち。目の前をただ味わうことだけに心をゆるす時間は、心地よい時間でした。

振り返ってみて

途中で軽食は食べていたものの、潮風に当たりながらたくさん歩いたので、すごくお腹が空いて帰宅。19時前から夜ごはん。いつもならまだ仕事をしているかもしれない時間に、お腹が空いたからご飯を食べる、ということができ、気持ちが満たされるのを感じました。

自分を、自らが望むままに過ごさせてあげる「大人の夏休み」。
自分の感情の機微にゆっくり向き合ってあげられた日になり、自分はこういう時間の過ごし方が好きだなあと改めて気づきました。
終わってしまったさみしさもあるけれど、またそんな日を自分に与えてあげることは、実は、自分の選択次第でいつだってできる
また日々の暮らしの中で充電が切れそうになったら、第二弾をやりたいなあ、と考えています。

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