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『ホクロ、Dead or Alive?』

「あれ。楓、うなじに大きいホクロあるね」

朝、楓が鏡の前で髪を乾かしていると後ろから健二がそう声をかけた。

「今まで気づかなかった!首のホクロは、エロい意味あるとか聞かない?」

健二は楓のうなじのホクロを指でなぞりながら「ホクロ占い調べてみよ」とスマホをいじりだす。

「へー『華やかな恋愛をする』っていう運勢らしい!」
「私達の恋愛が華やかってこと?」

楓は笑いながら、ドライヤーを切る。後ろ髪を背中に流してうなじを隠した。

「え!生きボクロと死にボクロで意味が違うんだ!」健二がこちらを見る。そして

「死にボクロだと『浮気を繰り返す』だって!」
と大げさに絶叫した。

「艶がなくて歪な形だと死にボクロらしい!もう一回見せて!」
「もー、ホクロごときで浮気なんてしません」

悪いことをしていないのに責められている気がして、楓は首を隠した。諦めた健二だが、「頬にホクロある人はモテるんだって」などとぶつぶつ言っている。

楽しそうな健二の横で楓はため息をつく。最近仕事で担当している実験がうまくいかないのだ。

「じゃ、いってくるね」

休日だが楓は家を出る。大学院生である健二の研究室へ研究員の川崎に相談しに行くのだ。楓は健二と同じ研究室の同期だったが、大学を卒業して製薬会社に就職した。川崎は楓が卒業した翌年に配属されたので会うのは今日が初めてだ。

   ・・・・・

研究室へ向かうと、薬品の匂いが強くなり、楓は懐かしい気持ちがした。休日なのでほとんどの研究室の電気はついていない。そんな中、目的の研究室の部屋からだけ明かりが漏れている。学生時代に隠れて健二と手を繋いだり、キスしたことを思い出す。つい数年前のことなのに(若かったな)と照れくさくなる。

ドアをノックすると中から川崎が出てきた。大きな丸メガネをして無精髭が生えている。着ているTシャツはよれよれでだらしがない印象だ。普段は嫉妬深い健二が、自分以外の男性である川崎と楓が二人で会うのを快諾したのに納得がいった。

「はじめまして…」

なぜか申し訳無さそうに川崎は頭を下げる。
案内されながら楓は川崎を盗み見る。外に出ることが少ないのだろう、日焼けしていない肌は真っ白だ。実験台を前に隣り合って座ると、狭い部屋だからか距離が近くて緊張する。鞄から実験の手順書を渡そうとして川崎の顔を見上げて、白い頬にホクロがあることに気づき、楓は朝の健二の言葉を思い出した。

「僕、顔になにかついてますか?」と聞かれ、(モテる運勢のホクロがついている)など言えるわけもなく楓は目をそらす。

手順書を確認した川崎は
「ネイサンの論文を元にしてるんですね。実験方法ならトマスの論文のほうが詳しいですよ」

と言って論文を探そうと楓に背を向ける形になる。
その時、楓は川崎の白いうなじにも黒々としたホクロがあることに気づく。

──『華やかな恋愛』?この冴えない人が?

偶然にも川崎が自分と同じ位置にホクロを持っていることに気づき、さらに動揺する。見つけた論文を手渡そうとする川崎の顔を改めて見ると、眼鏡の奥の瞳は大きく、長いまつ毛がそこに影を落としている。寝不足なのか目元に色濃く存在する隈を見て、この人が将来有望な研究者であることを思い出す。
おかまいなしに川崎はサンプルが丁寧に詰められた箱を差し出す。

「僕のものですが、実験の流れを見てもらうのが早いかと思いまして」

話しながらサンプルを楓の目の前にかざす。

「見落としがちなのですけど、サンプルを持つときは活性が失われないように上のほうをもつこと」

「……なるほど」と言いながらも、楓は目の前のサンプルよりも川崎の白くて長い指に思わずドキッとする。白くて柔らかそうな肌と対象的に、ゴツゴツした指の関節は頑丈そうで目が離せなくなる。

楓は無意識にうなじのホクロを触り、そこに存在するホクロの膨らみを感じる。まるで自分の欲望がそこから湧き上がっているようで、自分の理性よ強くあれと思う。

黙る楓をみて「大丈夫ですか…?」と川崎が心配そうに声をかける。

楓はキッと川崎の顔を見つめる。目の前に川崎の顔がある。
よく見ろ、モテる位置にホクロがあるだけだ。ホクロに惑わされてるだけなのだ。私はホクロに負けるのか?いや、負けてはいけない。楓はうなじのホクロをギュッとつまんで「続けましょう!」と意気込んだ。

   ・・・・・

家に帰ると健二が夕飯の準備をしている。ホクロの話など覚えていないような顔で迎えてくれる健二を見て、川崎に心を動かされた楓は罪悪感を覚える。

「変な人だっただろー」

笑いながら健二が話しかける。無意識に楓はうなじを撫でる。

「教え方上手だったから、会社で実験してみるね」

と当たり障りのない返事を返す。

「うまくいくといいね」と笑って健二が楓に背中を向ける。

すると日焼けした健二のうなじがあらわになり、楓は思わず目が釘付けになる。艶がなくて気づかなかったがそこには平らなホクロがあるようだった。マルというより歪なハートのような形。

明らかにそのホクロは死んでいた。

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