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友達の自殺未遂その後。①

自殺未遂した友達と久しぶりに連絡できた。
やはり何かのスイッチが入った時にトラウマが甦るらしい。

それは過去の話で家族の嫌な出来事など知ってるし
応援したいが、今は何を言っても否定されてると
とられてしまう。だからまだアドバイスが必要な時ではない。話を聞いて心を落ち着かせることを
先に考えたいが、人に会いたくないと言う。

彼は○○べき、に捕らわれて苦悩している。

友達なら~すべき、上司には~すべき。
常に「そうしなければならない」を努力する。
自分を優先させないのだ。
だから疲労もたまる。それが友達の間柄ではいらない事も
伝えたが本人の心が「気を使えない自分」を許せなかったようで変わらなかった。

そして、
それを相手にも求めて
違う答えが返ってくる事に悩んでる。

仕事ではとてもそれは大切で素晴らしいと思う。
顧客への気遣い、統率された意識。

でもプライベートではそんな事に気を使わないで
欲しいし、みんなが違う意見でも構わないと思う。

他人は自分のイエスマンじゃないし、
自分が人のイエスマンになる必要もない。
相手がどんな意図で出した言葉かを大切にしたい。

僕が友達として彼に求めてるのは
形式ばった付き合いをしてくれる人なんかじゃない。

彼が思うことを話し、
僕も思うことを言える関係。

思いやりは持つし言っちゃいけない事は気を使うけど、
彼が会社でするような気遣いもヨイショもしない関係でいたい。プライベートくらい自由でいてほしい。

でもそれも僕の中の「理想」であって彼が望む関係の「理想」とは違っていた。20年以上も付き合ってきて、
それが問題になるとは思わなかった。

彼が思う「友達にこうするべき」行動も、
彼が喜ぶならと思って受け入れていたが、
僕ともう一人の子は少し違和感を感じだしていた。

もうそんな気遣いはしなくても
いいんじゃない?とは何度も言った。
でも届かず彼は彼の「理想」に沿って行動した。

その時にもう少し話し合っておけばよかった。

3人でたまにあって、話せるだけでよかった。

アラフォーと言う今の年齢での
つきあい方へのゆるい変化が僕ともう一人の中で
起こっていた。

20代と同じ行動を望む彼と、
変化を望む僕らとで違いがうまれていた。

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