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専属シェフ選考会

先日社内報で営業部の若手社員の一人が
結婚した報告が書かれていた。

私が働く会社では結婚や出産の際には
このように社内報に特集が組まれることが多い。

今回結婚した男性社員は日ごろ東京の
営業所で働いているので、
あまり顔を合わせることはないものの
仲間のおめでたいニュースは嬉しいものである。

その記事は簡単なQ&A方式で書かれており、
オーソドックスな「二人の出会いはどこ?」のような
質問に対して回答する形が取られていた。

微笑ましい気持ちで記事を読んでいると
とある言葉に自分のセンサーが反応するのを
ふと感じた。

その言葉とは
「妻の作る肉じゃがに胃袋をつかまれました」
という言葉である。

もちろん私がひっかかったのは”肉じゃが”の方ではない。

確かに男性が喜ぶ手料理の典型のようなチョイスが
わずかにひっかからなかったわけではないのだが、
それよりも私が気になったのは
”胃袋をつかまれました”というフレーズである。

この言葉はまさに結婚した男性しか使わない
言葉の一つであろう。

女性がこの言葉を言っているのを
私はかつて見たことがない。

それは女性が料理を作って男性にアプローチするという
古典的な構図が前提だからである。

私がこの言葉に引っかかりを覚えたのは
まさにこの前提がこの言葉の裏側に
見え隠れするからなのだ。

もちろん、自分の得意料理を異性に振舞うことで
自分に対して友好的に感じてもらうことは
何ら悪いことではない。

作る料理はその人の個性の一つでもあるので
その人を知るという意味では
作る料理を食べることは
一つの手段でもある。

しかし、”胃袋をつかまれた”という言葉からは
女性は料理という武器を使って男性にアプローチし、
そこで得た大きなアドバンテージが結婚という
ゴールにつながっているように見えてしまうのだ。

例えばあなたが大富豪だったとする。

専属のシェフを雇って料理を作らせるとして
ちょうど前任のシェフが退任したとしよう。

新規シェフを募集すると数人が応募してきて、
候補者が得意料理をあなたに振舞って
コンペをすることになった。

その中の一人のシェフが作った肉じゃがが
とても自分の口に合ったとして、
そのシェフを後任に選ぶのであれば
「彼の作る肉じゃがに胃袋をつかまれました」
という言葉はシックリ来る。

なぜなら、シェフ側もあなたの胃袋をつかもうと
料理をしていたからである。

だが、言うまでもなく結婚はこれとは違う。

きっと”胃袋をつかまれた”彼の奥さんは
彼の胃袋をつかもうと作ったのではない。

純粋に彼に「美味しい」と言って欲しいという
気持ちをもって作ったはずである。

結婚に対する定義は人それぞれであろうが、
私は主語が”I”から”We”に変わることだと
思っている。

家庭という単位で人生を決めていくことで
自分の中に”We”の視点を埋め込んでいき、
人生の見方を変えていく作業だと思うのだ。

これは結婚をしなくても得られるものではあるが、
やはり結婚ほど”We”を意識する行為はない。

当然、Weというからには男性も女性も
どちらもに優劣などないし、
お互いにイーブンな立ち位置である。

だが、”胃袋をつかまれた”という言葉からは
そうではない主従関係が見えてしまう。

先ほど挙げたシェフの例で考えてみると、
雇ったあなたと雇われたシェフは
まさに主従関係で結ばれているが、
この関係は決して”We” ではない。

あくまで”I”と”I”の関係に過ぎないのだ。

私は毎日料理をするが、
家族に気に入られようと思って作ってはいない。

家族が喜びながら健康に過ごす事ができる
最適なものを共に食べたいという気持ちで
料理を作っている。

そもそも、肉じゃがが好きならば
自分で最も美味しいと思う味付けを
見つければいいだけであり、
結婚相手にそれを求めるのはあまりに
傲慢な話ではないだろうか。

結婚することは人生において間違いなく
大きなイベントである。

そして、その中でお互いにすれ違うことも
あるだろうが、
それを乗り越えられるのはお互いが”We”に
なれているからこそである。

”彼女が作る肉じゃがに胃袋をつかまれた”彼は
ちゃんと彼女と”We”になれているのだろうか。

老婆心ながらそんなことを考える春の一日であった。

ちなみに老婆心はあるのに
老爺心は聞いたことがないのは
一体なぜなのだろうか。

昔はおじいさんはあまり子供に対して
慈しみの心を持たなかったのか。

それこそ、この言葉が生まれた昔の価値観では
男の人は死ぬまで”We”には
なれていなかったのかもしれない。

書き上げた記事を推敲していると、
料理上手な奥さんを紹介する照れ隠しの文言として
「胃袋をつかまれました」というワードが
使われているのかもしれないと思い始めてきた。

2年半以上毎日更新をしてきたが、
私にとって初めて二個目のあとがきである。

私のあとがきに心をつかまれた方がいらしたら
ぜひ教えてほしい。

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