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[CSCW2021採択] ドラマの視聴におけるインターネット上での考察文化の調査と、その追っかけ視聴への応用インタラクションについての研究

ヒューマンコンピューターインタラクション(HCI)のトップ国際会議のひとつである ACM CSCW 2021 に、荒川(東京大学)と矢倉(筑波大学)が共同で執筆したシリーズ作品の考察現象に関する論文 “Reaction or Speculation: Building Computational Support for Users in Catching-Up Series Based on an Emerging Media Consumption Phenomenon” が Full paper で採択されました。本記事ではその内容について簡単に紹介したいと思います。

論文はこちら:
 https://rikky0611.github.io/resource/paper/speculation_cscw2021_paper.pdf

1. 背景

漫画やドラマといったシリーズもののコンテンツの醍醐味は、次の展開についてハラハラドキドキしながら思いを巡らせている瞬間ではないでしょうか。近年では、Twitter などの SNS を使って議論を繰り広げたり、Youtube に次の展開を考察する内容の動画をアップロードしたりしている人もいます。例えば、2019年に放映されたドラマ「あなたの番です」においては、真犯人が誰かという議論が放映のたびに盛り上がり、Twitter でトレンド入りしている様子がメディアにも取り上げられていました。

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一方、コンピューターやインターネットの導入によるコンテンツ消費体験の変化という点は、以前から研究テーマとして様々な形で取り上げられてきました。Twitter で実況しながらテレビを見る [1] というのも当たり前になりましたし、ニコニコ動画に代表されるような弾幕コメント [2] のシステムを使って一緒に楽しむというサービスもあります。

しかし我々は、これまで取り上げられてきたような多くのユーザーとリアクションを共有しながらワイワイとコンテンツを楽しむという体験と、考察を追いかけ頭を悩ませながら楽しむという体験は根本的な違いがあるのではないかと考えました。そして、この新しいコンテンツ消費体験がどのように受容され、広まっているのかを調査することで、それを応用してより多くのユーザーに新たな体験を届けるインタラクションを実現できるのではないかと思い至りました。

そうした点から我々はまず「考察」というテーマを中心に、現在のコンテンツ消費においてどのようにインターネットが活用されているのかを調査しました。そして、それらがユーザーの体験に与える影響を実験的に調査し、どのように HCI の観点から応用できるのかを特に「追っかけ視聴」に着目して議論しました。

2. 調査1: インターネット上の考察がユーザーにもたらす効果についてのインタビュー

我々はまず、そもそも「考察」がどうコンテンツ消費に関連しているのかを明らかにするために、考察するツイートや記事を読んだり、投稿したりした経験のあるユーザーに半構造化インタビューを実施しました。そして、考察がユーザーにどんな影響をもたらしているか、あるいはどういうモチベーションで考察に関わろうとするのかという点について、2つの大きな要素を導き出すことができました。

1つ目は、コンテンツそのものへの理解を深められるという予想通りの内容でした。なにかストーリーの中で理解できない要素があったときや、伏線っぽいけど分からないなという部分があったときに、Twitter で「#〇〇考察」といったタグで検索したり、「〇〇 考察」と Google で検索して出てきたブログを読んだりすることで、他の人がどう捉えているのかを確かめるといったコメントが得られました。

もう1つは、考察に参加しているということ自体から得られる一体感です。例えば、互いに知らない相手であったとしても、多くのユーザーと一緒になって議論を広げていく空気感が楽しいというようなコメントがありました。これは、弾幕コメントや Twitter での実況でリアクションを共有することで得られる効果 [1,2] と共通しています。

そして同時に、ユーザーが考察を楽しむのを阻む要因が存在することも明らかになりました。それは「ネタバレ」の危険性です。特に、過去のドラマを追っかけ視聴しているようなシチュエーションでは、意図せず検索結果に結末が出てくることもあって怖いというユーザーや、実際にそうしてネタバレを見てしまったというユーザーもいました。

これらのインタビューから、冒頭で我々が議論したような「考察」を中心としたコンテンツ消費体験というのは Twitter 上などで実際に広まりつつあるということ、そしてその背景には、これまでの単なるリアクションの共有と共通する要素もあれば、そうでない要素もあるということが示唆されました。

3. 調査2: インターネット上の考察の特徴についての実データ解析

では、より具体的に「考察」を中心としたコンテンツ消費体験は、何が違うのでしょうか。次に我々は Twitter 上のデータを収集し、それを解析することで、リアクションの共有とどのような違いがあるのかを量的に議論しました。

ここでは「あなたの番です」を実況、あるいは考察しているデータを収集して解析を行いました。先程のインタビューの結果を元に「#あなたの番です考察」「#あな番考察」といったタグが含まれているものを考察に関係するツイート、それ以外で「#あなたの番です」「#あな番」といったタグが含まれているものをそれ以外のツイートとして比較しました。また、収集した考察のツイートを見ていく中で、「#オラウータンタイム」というタグが多く見られたため、これも考察に関係するツイートの収集に用いました。ちなみにこのタグは、作中で主人公が推理を繰り広げる際に「オラウータンタイム」と宣言することに由来するようです。

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「あなたの番です」の放映時間 (灰色) 前後のツイートの数の割合を、
考察に関係するツイート (緑色) とそうでないツイート (橙色) ごとに
表示したグラフ。

この図から、二種類のツイートの出現時間に関して差があることが確認できます。具体的には、どちらも放映時間の最後の方にピークがある一方で、考察に関係するツイートはその後の数時間にわたって活発に投稿されていることが読み取れます。これは、リアクションを共有するようなツイートは放映中にどんどん投稿される一方で、考察をするツイートは放映後に内容を振り返りながら、時には長文で投稿され、さらにそれが議論を広げていくからではないかと考えました。

そこで、ツイートに含まれる文字数を調べたところ、考察に関係するツイートは有意に長くなっていることが確認できました。合わせて、他のツイートを引用しながら議論を広げていくようなツイートの割合が3倍近くになっていることもわかりました。

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考察ツイート (赤色) とそうでないツイート (青色)の
文字数を比較したグラフ。
考察ツイートの方が有意に文字数が多いことが確認された。

もう1つ特徴的だったのが、画像を含むツイートの割合も2~3倍近くになっていたことです。これには、ドラマの一場面を撮影した写真を考察の根拠として添付しているケースに加え、メモ帳に長文の考察を書き、そのスクリーンショットを添付しているようなケースも多く見られました。

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考察ツイートの特徴的な例。
メモ帳アプリに長文の考察を書き、
スクリーンショットを共有するツイート。

これらの発見は、「考察」を中心にしたコンテンツ消費体験が、これまで研究として議論されてきたリアクションの共有とは異なる性質を持つということを示すものです。

ちなみに、こうして確認された特徴は他のコンテンツでも存在するのでしょうか? 論文ではもう1つのドラマとして「テセウスの船」を取り上げ、そのツイートを分析し、同様の特徴の存在を確認しました。気になる方はぜひ論文を参照してください。

4. 実験: インターネット上の考察をインタラクションに活用するには?

ここまでで、コンテンツ視聴に関してインターネット上での考察は、リアクションの共有とは異なる方法で行われており、ユーザーに対する異なる効果を持っていそうだということが分かりました。その効果の違いをさらに検証するため、我々はユーザー実験を実施しました。ここでは、調査1でも触れられていた追っかけ視聴のユーザーの体験に焦点を当て、過去のコンテンツをまだ観ていないユーザーが視聴する際にどういう HCI 的サポートができるのかという前提で実験設計を行いました。

より具体的には、今回は「あなたの番です」を題材に実験を行いました。調査2で得たデータを再活用し、ある話に対応する考察とリアクション共有のツイートをそれぞれ視聴後、視聴中に提示するインターフェースを作成し、それを用いて視聴してもらうことで、視聴体験がどう変化するのかを調べました。

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追っかけ視聴時に使用したインターフェース。
(上) 視聴中にコンテンツにリアクションしているツイートを
同時に見ることのできる画面
(下) 視聴後に次の話に対する考察を行っているツイートを
見ることのできる画面

その結果、視聴中にリアクションをみることで他者との一体感が上昇すること、視聴後に考察を見ることでコンテンツ理解が深まること、そして両者ともに次の話をみたいという気持ちが上昇することが確認されました。

実は、次の話をみたいという気持ちは、視聴後に考察に触れた時の方が上昇すると予想していたのですが、視聴中にリアクションに触れた時と有意差はないという結果になりました(何も表示ない時と比較すると、両者ともに該当指標は上昇)。これは、題材にしたコンテンツ(あなたの番です)が十分面白かったため、どちらのツイートを提示した場合も結果指標の数値が最大に近くなってしまったことが一つの原因かと考えられます。他のコンテンツではどのような効果があるのか、さらなる実験が期待されますね。

5. 結論と今後

まとめると本論文では、以下のような貢献をしました。

・インタビューを通じて、インターネット上の考察がどのようにユーザーに影響を与えているかを調査しました。その結果、コンテンツ理解の深まり、他者との一体感、ネタバレへの危惧といった要素が確認できました。

・Twitter のデータ解析を通じて、考察に関係するツイートとそうでないツイートの出現時間・長さ・他メディアへのリンクの多さが違うことを定量的に確認しました。その内容についても、前者は次回のエピソードへの考察、後者は放映中の即時的なリアクションの共有という傾向の差が観察されました。

・考察とリアクションの共有という二種類のインターネット上で見られる現象に基づき、ユーザーの体験に与える影響を実験的に検証しました。考察に触れるとコンテンツ理解が深まること、リアクションに触れると他者との一体感が向上すること、またどちらも次の話を観たいと思う気持ちが上昇することを確認しました。

今後の展望として、実際のサービスに組み込むにはどうデザインするのが UX の向上につながるのかを考えていきたいです。今回の実験では、考察やリアクションを観ることを強制しましたが、実サービスに組み込まれたときにどのタイミングでそれぞれをどう提示するのがよいかは、さらなる検証が必要です。ネタバレを踏まないように多様な考察データを自動で収集する方法についても、ネタバレ防止に関する先行研究 [3] との組み合わせが考えられます。

6. FAQ

Q1. ドラマ以外のシリーズもの、例えば漫画についても応用できるんでしょうか?

A1. 漫画や本について今回は検証していませんが、応用は可能だと考えます。というのも、例えば週刊連載の漫画なら、いいところで話が終わると、次の話を楽しみにして色々考察している様子が Twitter などでも散見されますよね。後から追いかける読者の視点に立つと、1話ごとに考察をするのが良いのか、それとも単行本ごとに考察をするのが良いのかなど、ドラマの場合とは違う要素も含まれており、将来の研究としたいです。

Q2. ドラマであればどんなコンテンツにも対応できるんですか?

前提として、インターネット上に考察のデータがあることが必要です。実験で用いたプロトタイプは Twitter のデータを用いているため、Twitter で考察されていないコンテンツへの適用は難しいです。しかし、調査1,2から分かるように、ブログや YouTube など多様なプラットフォームで考察が行われている様子も見られるので、そのようなデータの活用も考えていきたいです。

7. 余談: 本研究に至るまで

本研究の着想は自分たちの体験から生まれました。荒川が国際会議に参加した帰りの移動中に、本研究でも題材としている「あなたの番です」を Hulu で追っかけ視聴していたときのことです。一気観してしまうのは少しもったいないので考察をしたい、でもネット上の考察記事はネタバレがあるから読むのが怖い、というジレンマを感じていました。そこから、ある話を観たときに、その当時の考察を楽しむことができたらなと思い、矢倉とディスカッションを始め、本研究がスタートしました。普段、荒川と矢倉が行っているエンジニアリングの研究とは少し毛色が異なり、関連研究の調査や質的分析の実行などで苦労はありましたが、Reject → Major Revision → Minor Revision → Accept とステップを経て、なんとかまとめあげることができたので良かったです。

参考文献

[1] S. Schirra, et al. 2014. Together Alone: Motivations for Live-Tweeting a Television Series. In Proc. CHI. ACM, 2441–2450.
[2] Q. Wu, et al.. 2019. Danmaku: A New Paradigm of Social Interaction via Online Videos. ACM Trans. Social Computing 2, 2 (2019), 7:1–7:24.
[3] S. Nakamura and T. Komatsu. 2012. Study of Information Clouding Methods to Prevent Spoilers of Sports Match. In Proc. AVI. ACM, 661–664.

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