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芸術未満

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「芸術」に憧れ、反発し、惹かれながらも怠惰に流れがちの美術部学生。美と性は不可分か、異性らの面妖な美は聖なのか俗なのか。めまいのする青少年新懊悩記。
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2020年10月の記事一覧

痛切な叫び声が何重にも録音され、身を裂くような悲しみが聴く者を硬直させる傑作だっ…

 京都市内の学生会館で行われる「歴哲」の会合にも何度か下田は出席したことがある。その日は…

本で一番好きなのは太宰の『晩年』と、彼女ははっきり言った / 芸術未満 10

 ノートに描いた「地獄の絵」を下田に見せられた遠野モリカはしばらく黙っていた。反応が特に…

「ばあちゃんが言うとったけどな、『この世が地獄』なんやって」と友人が言った / …

 遠野は授業中など下田を見つけては近くの席に座るようになった。下田は「これから描きたい絵…

取るに足らぬような罪が確実に増えていく気がした / 芸術未満 8

 田尻キャンパスには基本的に1、2回生しかいなかったので、各サークルには2回生の(田尻側…

「稲垣タルホのホーキ星」と文字が書かれていた / 芸術未満 7

 下田は大学でどのサークルに入ろうか、ぬるま湯の中でまだ決めかねていた。別に一つだけに決…

『ライ麦畑でつかまえて』は(予想通り)お気に入りにはならなかった / 芸術未満 6

 高校生の頃、下田は一度だけ女性と「デート」(とは呼べないかもしれないが)したことがあっ…

先輩たちにとっては宝塚歌劇の美学であり、ゴジラの芸術学なのであった / 芸術未満 5

 …………………………… 「歴史哲学研究会」のサークル室には女性が一人いた。文学部の2回生とのことだった。飾りっ気のない部屋に折り畳みテーブルだけが置かれている。  下田は自分の話をしたくないので質問ばかりした。九州出身の彼女は浅田彰に憧れて京大を目指していたが、受かることなくこの大学に来たという。  浅田彰という名前は以後何度も耳にするが、下田は著書を読んだことがなく、読む気もしなかった。テレビでは何度か見たことがあるが、昆虫のような眼鏡とぶかぶかのスーツ姿が記憶に残ってい

苦笑いする教師は教え子の背に手を回し「家は裕福か?」と訊いた / 芸術未満 4

 子供の頃から下田は紙さえあれば落書きばかりしていた。高校ではテニス部のマラソン練習につ…

まだ言葉を十分に使えない彼らはその「目」で何かを感じ、伝えることができた / 芸…

 下田が「宗教」に後ろ暗い気持ちを持つのには理由があった。彼は信じられるものなら信じたか…

下田は彼らの柔和な笑顔を見ていると、不意に底意地の悪い気持ちになり、彼らを怒らせ…

 下田は他にすることがなかったのでサークル室を見て回った。キリスト教徒のサークル部員は合…

夕方になると山腹にある大学は寒い位だった / 芸術未満 1

 夕方になると山腹にある大学は寒い位だった。赤黒い空は日本昔話のようで、馬術部の学生が乗…