まだ言葉を十分に使えない彼らはその「目」で何かを感じ、伝えることができた / 芸術未満 3
下田が「宗教」に後ろ暗い気持ちを持つのには理由があった。彼は信じられるものなら信じたかった。だがどうしても感覚的に無理だった。「みんなおなじ」になろうとする集団組織の在り方が下田には嫌悪を催させる。
組織には長がいて追従者らがいる。組織に従わないものは排除される。
下田には長いこと想い続けている人がいた。それは、一つ年上の従姉だった。
下田がまだ幼い頃、祖母が亡くなった。彼はそのとき6歳だった。祖母の死んだ夜、子供らは叔父の薄暗い部屋に寝かされることになった。(横浜の下町にある家は、若い頃、祖父が田舎から木材を運んで建てたものだという。…それが本当かどうかは分からなかったが)
2階の部屋で寝かされるとき、暗い階段から顔を出した従姉の目を下田は忘れることはないだろう。
7歳の子が6歳の子どもを見てるだけだった。だが、まだ言葉を十分に使えない彼らはその「目」で何か(大人は既に失われた)を感じ、伝えることができたのかもしれない。
下田はそれから十年以上、従姉と会うことはなかった。母親同士の折り合いが悪く、会う機会が全くなかった。
下田の母には姉が二人いた。彼女らは神奈川の地方(藤沢と平塚)に住んでおり、祖母の亡くなった後、勧誘され聖書研究を主とする新興宗教に入ってしまったらしい。
子供の頃(はっきりとは分からないが、親たちの電話声などで)下田は親戚の不穏な空気を時々感じていた。背後にある原因の一つは宗教団体だった。
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大学でどのサークルに入るか下田はまだ決めかねていた。気になっている美術サークルも幾つかあるが、それぞれ特色が異なるらしい。下田はぬるま湯の中で恥ずかしげもなくフニャフニャと無目的にうろついている。
夕暮れ時には寒くなる京都府の山中(にあるアメリカ風キャンパス)で或る学生がギターを持ち、良く通る声で自作の歌をうたっていた。オペラ歌手風に太った彼はイガグリ頭で、見た目の印象は山下清のようだった。彼は田舎の広大な学舎で人目を気にせず朗々と歌う。
彼がもしビジュアル系のような外見だったら女子学生たちの反応も異なったかもしれない。しかし、円形ベンチのある広場で彼はまるで「そこにいない」かのようにそそくさと避けて通られている。(勇気あるなあ)と下田は感心した。だがとても彼に近付くことは出来なかった。一日の授業が全て終わる頃、彼の歌声が学食にも響いてくる。
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