見出し画像

LTV思考の落とし穴

サブスクリプションやSaaSの広がりによって、事業をただPL的に見るのではなく、より長期的な視点を持ったLTV的に考えることが一般的になってきた。

LTVとはLife Time Valueの略で、いわゆる顧客生涯価値と略される。つまり、一人の顧客から生み出される利益の総和のことである。LTVについてはすでに多くの企業で重要なKPIとみなされており、詳細説明の必要はないと思う。

LTVと同時によく聞かれるのがCAC(Customer Acquisition Cost)、つまり一人あたりの顧客獲得コスト。

LTVとCACのバランスを見ることで、その事業のユニットエコノミクスを把握する事ができるため、非常に有効な指標と言える。

LTV思考の良いところの一つは、CACをかけて獲得した顧客は、ある意味その企業にとってのアセット=長期的な資産と考えることができ、そのアセットから生み出される収益がLTVとなる。そのため、顧客はアセットである、という実態に近い考え方をすることができる点と考えている。サブスクリプションやSaaSビジネスにおいて、顧客は最も大事な資産とみなすことができるが、BSやPLにはなかなか現れてこない。LTV思考は顧客を大事な資産とみなす。

それでは、LTVは万能なのか?LTVというKPIが独り歩きすることの弊害も生じる可能性があると思っている。自戒の念を込めて備忘メモ的に書いてみる。

LTVは長期思考だが短期的にも上げることができる

LTVの本質的な意味を理解していれば問題は起きないが、例えば企業において規模や組織が拡大し、いち担当としてLTVを上げることが優先事項になった場合のことを考える。

サブスクリプションやSaaSにおけるLTVは

LTV = 顧客単価 ✕ 利益率 ÷ Churn Rate(もしくは ✕ 継続回数)

と表せる。(*利益率については色々な考え方があるが、限界利益率に近い。また、LTVについても色々な考え方や計算式があるので、上記の式は一例。)
つまり、顧客単価を上げるか、利益率を上げるか、Churn Rateを下げるか(もしくは継続回数を上げるか)によってLTVを上げることができる。長期思考で考えるというLTVの意味からすると、もっとも重視すべきなのはChurn Rate(もしくは継続回数)というのは疑いの余地がない。Churn Rateの数字で顧客単価✕利益率を除するため、Churn Rateが数%変わると数値的インパクトも大きい。

しかし、Churn Rate改善は最も難易度が高い。というより、施策を実施してからすぐに効果が見えにくい。手っ取り早くLTVを上げることを考えると、クロスセルや値上げ等による「顧客単価✕利益率」を上げることが最も早く効果が出やすい。単純に値上げをすることで単価も利益率も上げることができる。当然、値上げやクロスセルによってChurn Rateが上がったり、継続回数が落ちることも考えられるが、すぐに数字として現れにくいので一時的にLTVを上げることができる。Churnや継続率改善よりも、クロスセルや値上げ思考になっていたら注意が必要だ。

こういった事が起きる場合、LTVを上げることだけを追うのではなく、Churnや単価などを別に管理して、KPIとして落とし込む事が大事になる。(Churn低下にも止血的Churn低下と満足度を向上させることによるChurn低下の2パターンがあると考えている。)

顧客を顔のない「アカウント」と見てしまう

LTVを上げるという謳い文句のソリューションは多く存在する。例えばMAツールやメールマーケティングなどでクロスセルを促進するなど。

それを追求しすぎた結果、

1つのメールアドレスからいかに稼ぐことができるか?

という思考に陥る可能性がある

特にECやサブスクリプションのように顧客の購買データを活用できる場合、メールアカウントとそれに紐づくデータによって、分析やマーケティングが可能になる。クロスセルのタイミングはここ、A/Bテストの結果、成果の高かったメールはこっち、このくらいのディールであればコンバージョンする、など。

そういったデータドリブンのマーケティングは有効であり、顧客にとっても欲しいタイミングで欲しいものが手に入る、という点では価値が高いが、やりすぎてしまうと顧客の顔ではなく、顧客をアカウントとして見てしまう可能性がある。その結果、1つのアカウントからChurnまでにいくら稼げるか、という思考となり、焼け畑的アプローチをしてしまう罠だ。

1アカウントから満足の得られる収益が得られ、そこで得た収益分を原資に新しい顧客を獲得する。ビジネス的には間違っていないのだが、ある程度ニッチな商材の場合、焼け畑的なやり方では顧客を採り尽くしていくとともにCACが上昇し、アセットである顧客の獲得が難しくなってしまう。その結果、商材やブランドも焼け畑的に短期のサイクルで回していく事となる。

データドリブンにMAツールを使うこと自体は正しいアプローチだが、同時顧客の実際の声にも耳を傾けるなど定性的なアプローチも必要だ。顧客のことを顔のないメールアドレスやアカウントと見なしてしまっていたら注意が必要。


最近では、LTVを見つつも、顧客との関係性の強さを別の指標として見たり、NPSを導入するといったことも行われている。LTVに加えてこういった指標もKPIとして導入したり、そもそものLTVの意味(顧客を長期資産として見なす)を浸透させるなど、組織拡大のタイミングでは必要になりそうだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?