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読切小説「地下鉄で出会った怯える女」

ホームで電車を待つ間思うこと。退屈な仕事がやっと終わり、解放感で疲れていた身体が少しだけ楽になった。解放というのは心から精神が軽くなる。明日になったら退屈な仕事が待っているけど、なるべく考えないようにして晩酌だけを考えた。

二、三分後、電車が来ると先頭に立ってドアが開くの待った。ドアが開くと、疲れた顔をした人や無表情の人たちが一斉に降りて来るのだった。座るつもりはなかったので、乗車すると角を陣取って立った。オセロに例えたら順調な攻めになるだろう。

ドアが閉まると、角にもたれながらスマホを取り出してネットニュースをチェックした。時刻は二十二時を過ぎていたが、平日だったので車内はわりかし混んでいた。スマホを眺めながら、僕と同じように角を陣取った女の子が視界に入る。そのとき、女の子の視線が気になった。

女の子はスマホを触りながら、チラッと視線を反対側のドアの方へ見ていた。僕も釣られるように反対側のドアへ視線を移した。移した瞬間、カーディガンを羽織って、ロングスカートを履いた女性がドア前の中央に立っていた。容姿は普通だったけど、赤いカーディガンを羽織っていたので妙に目立っている。

女性を見た瞬間、僕は違和感を感じてしまった。何故なら、女性の目が怯えるような目つきをしていたからだ。目を左右に動かしながら車内の人たちを見ている。規則正しく動くメトロノームのように。次の駅に電車が停車して、僕の立っているドアが開いて何人か入って来ると、赤いカーディガンの女性が怯えた目で近付いてた人に対して、両肩をビクッと動かして右へ半歩移動した。

反復横跳びみたいに動く様を見て、僕は異様な雰囲気を感じた。終着駅まで、車両内で一人佇む姿は異様な雰囲気を漂わせている。きっも僕だけじゃない筈だ、赤いカーディガンを羽織った女性は異様な雰囲気を漂わせていた。終着駅に到着すると、車内の人たちが一斉にドアの方へ集まった。

赤いカーディガンの女性は、怯える目で威嚇するように近づいた人たちへ向かって、睨んでは避けながら僕の方へ移動した。一瞬、何か危害を与えてくるかもと警戒したが、赤いカーディガンの女性は、僕と同じく角に立っていた女の子の間に立つ。

ドアが開くと、乗客が一斉に流れるように降りた。僕も流れに乗って電車を降りると、改札口へ向かって階段を目指した。だけど、やっぱ気になるのは赤いカーディガンを羽織った女性の存在だ。人の群れの流れから外れると、僕は立ち止まって恐る恐る振り返って車内を見た。

どうしても赤いカーディガンを羽織った女性が気になかったから……

振り向いた瞬間、僕は車内に残された赤いカーディガンを羽織った女性を見てゾッとするのだった。なんと、女性は開きっぱなしのドアの車内の中央で真っ直ぐ見つめたまま突っ立ていた。女性の瞳から感情というものは感じなかった。不気味な瞳というか、あれだけ怯えていた瞳は無に等しかった。

僕は怖くなって、その場から立ち去ろうと歩き出した。だけど、階段の手前で足を止めてしまうのだった。何故なら、帰宅途中の人々が全て居なくなったからだ!!

嘘だろう……そんなのありえない。立ち止まって一、二分で、あれだけ居た人々が消えてしまうか!?

僕は信じられない光景を目の当たりした。理解を超えて訳がわからない。何十人も居た人間が一瞬で消えたのか?僕は消えた人を探そうと、再び終着駅に停車した電車を見ようと振り返った。

振り向いた瞬間、僕は後悔することになる。なんと、振り向いた先に待っていたのは世にも恐ろしい光景だった。

赤いカーディガンの女性だけを残して、誰も乗っていない車両のはずなのに、車内一杯に人が積み重ねっていたのだ。しかも、積み重なった全員が僕の方を見つめている。

その瞳に感情はなく、ただただこちらを見つめているだけだった。

僕は恐怖でその場から逃げるように走った。階段を登り、途中でつまづいて転びそうになっても無我夢中で逃げた。一度でも振り向いたら、車内にぎゅうぎゅうに積み重なった人間と同じことになると思ったからだ。

どうやって改札口を通ったのかも覚えていない。とにかく無我夢中で逃げた。地上へ出ると、あの恐怖の光景が嘘みたいにいつもの駅前だった。あれは何だったのか?

息を切らしながら顔を上げると、あの若い女の子が立ち止まっていた。もしかして、彼女も同じ目にあった?声をかけようかと思ったが、女の子は小走りで歩いて行った。

数日後、あの恐怖体験を考えたが答えは出てこない。ただ一つ、可能性として浮かび上がった答えがあった。あの日、妙な雰囲気のある女性が存在した。赤いカーディガンを羽織った女性である。女性は怯えた目をしていた。

そばに来る人間に対して、怯えた目で睨んでは避けようとしていた。だけど、僕と同じ場所に立っていた女の子は無事に地下鉄から逃げていた。あの日、終着駅に到着したとき、赤いカーディガンの女性は僕と女の子の間に自ら移動した。

つまり、僕たちは避けられていない。他の乗客は赤いカーディガンの女性に近づいて避けられてしまった。恐らく、女性の踏み込んではいけない領域を汚したのだ。

だから赤いカーディガンの女性は、僕と女の子以外の乗客を飲み込んで車両へ閉じ込めてしまった。それが僕の導き出した答えであった。

どうして女性が怯えた目をしていたのか、それはわからない。

でも確実に、赤いカーディガンの女性は乗客たちをどこかに連れ去った。僕と女の子が助かったのは偶然だろう。あの日から二度と赤いカーディガンの女性に会うことはなかったけど、あの怯える目を忘れることはないだろう。

〜おわり〜

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