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第19話「鳩が飛ぶのを見てみたい」

果たして、大神日和は心不全で亡くなったのか?

それとも・・・・・・

マンション前へ車を横付けすると、後藤くんはエンジンを切って煙草を取り出した。口に咥えてライターの火が灯り、煙草の焼ける音と匂いが鼻先をかすめた。

窓から手を出して、後藤くんは無言のまま住宅街の光景を眺めている。

車のエンジンを止めたということは、後藤くんから話の続きがあると思えば良いのか。市川夏菜子は日和の亡くなった年に接触している。その年の夏に会って数ヶ月後の冬、寒い部屋の中で日和は心不全で亡くなった。

発見されるまで数週間経過している。隣の住民が異臭を感じて、大家と警察官を含めた人間が遺体を発見。

「ねぇ、後藤くんが日和の部屋に入ったとき何か変わったことはなかったの。そもそも三井さんから連絡を受けて駆けつけたんだよね」と私は質問した。

「遺体は布団の中で発見された。素っ裸で足元には脱いだ服が散らかっていたよ。遺体の状態から死後一週間は過ぎていると思った。数分後に鑑識課の人間が来て、遺体を検視するために調べてくれた。俺と三井は身元確認をしたが大神日和という名前を聞いて、同級生とは思わなかった。そりゃそうだろうな。高校を卒業してから一度も会っていない。それに、大神とは親しくもなかったからな」

「そうだけど、木島くんのことは違う事件で捜査してたんだよね。そのとき、日和の名前は挙がらなかったの?」

「ん、ああ。大神の名前が挙がったのは市川夏菜子が捜査上に浮かび上がったときだ。タイミング的には同時期だったから、それに本命は市川夏菜子で、大神日和はそこまで重要人物として取り扱っていなかったんだ。ただ木島直樹と付き合ってることは、三年前に遡る。でも、警察としてはただの事故として片付けられたし。俺としては捜査する理由はなかったんだ。それでも木島が別の事件に関わってる以上、俺はこの事件を解決しなければと思う」

複雑に絡み合う二つの事件。これ以上は素人が関わっていけないと言われそうだ。私は一般市民。後藤くんとは違う。要するに住む世界が違うと思えば良いんだ。私の中で少しずつ諦めの気持ちが湧いてきた。

きっと、どこかで日和の死を解明しても、彼女が生き返るわけでもないと思っているかもしれない。

だったら、ここは後藤くんに任せて、私は自分の生活を送るべきなのか。

「ねぇ、最後に聞かせてほしいの。後藤くんは日和が何者かに殺されたと思ってるの。それとも心不全で亡くなったと考えてる?」

「・・・・・・わからない。鑑識の結果、死亡時刻や原因に関して矛盾するようなところはなかった。ただ、木島直樹が関わってる以上、俺は単なる事故で亡くなったとは思えない」

「そっか、そうだよね」と私は小さな声で呟いた。

「すまない。今はまだ、これ以上のことは詳しく話せない。和泉、遅くまですまんな。それじゃあ」

「ううん。こっちこそ色々と聞いちゃってごめんなさい。私が出る幕じゃなかったわ。事故のこと、日和のことは後藤くんに任せます。送ってくれてありがとう。また」

「ああ、また今度な」と後藤くんはそう言って手を差し出した。

私たちはガッチリと握手を交わして別れた。車が走り去って行くのを見送ったあと、私はマンションへ入って行った。エレベーターのボタンを押して待つ間、私は明日の予定が何もないことに気付いた。

長い夜が終わり、私の中で一つの出来事が無かったことになりそうだった。

第20話につづく

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