見出し画像

第22話「アネモネ」

芦ノ湖から箱根の宿屋に到着したのは夕方頃だった。神宮寺がチェックインをして、僕たちは仲居に部屋へ案内された。到底、安月給では泊まれないような高級宿屋。僕と神宮寺では住む世界が違うと思わせた。

『蓮の間』という名の部屋の前まで来ると、神宮寺が先頭になって部屋へ入って行く。

この後、僕の部屋を案内されると思って立ち止まっていると、仲居が僕の前に進んで部屋の中へ促した。

「ちょっと待って下さい。僕もこの部屋なんですか?」

「ええ、そうですけど」と仲居が戸惑った顔をして言う。

「すいません。少し待って下さい」と僕は早足で部屋へ入ると、部屋を見渡している神宮寺へ声をかけた。

「これはどう言う事ですか?」

「一緒の部屋にしたの。何か問題あるのかしら?」と神宮寺は口許に笑みを浮かべて言うのだった。

「あの〜すいません。お部屋の案内しても良いですか?」と仲居が待てなかったのか部屋へ入って来た。

仲居は決まった仕事をこなす為、基本に伴って部屋の説明をしてから出て行った。知り合って数日の女性と同じ部屋に泊まるのはまずい。そう思ったので、僕は神宮寺へ恋人の存在を話した。

「大した問題じゃないわ。部屋を分けたら話し合いができないでしょう。わざわざ移動するの面倒くさいの。ねぇ、汗を流したいから露天風呂に入るけど、あなたは?」と神宮寺はあくまでも自分のペースで進めて行く。

「どうぞお好きに」と僕は言って諦めるのだった。

神宮寺が出で行くと、僕はベランダに出て煙草を吹かした。初日から驚く事ばかりが続いている。一つはカルマが死んでいた事故現場でアネモネが供えられていた。この数年間、誰かが定期的に花を置いている。しかも、アネモネの状態を見る限り、数日前に置かれた事が予想できた。

一体誰が献花してる?

もう一つ驚いた事は、神宮寺と同じ部屋で泊まる事。見知らぬ男女が同部屋という訳ではないけど、神宮寺が普通の女性と違って魅力的なのが不安なのだ。そんな風に考えてる時点で、僕はどこかで不貞な考えをしてるんだろう。

煙草を吸って熱海の街並みを眺めて恵子の顔を浮かべた。三日も休んで他の女性と過ごしてると知ったら、きっと怒り狂うかもしれない。まだ付き合って一カ月も経ってないが、恵子は嫉妬深い女性と思っていた。

僕も風呂へ入って冷静になろうか。煙草を灰皿へ揉み消すと、露天風呂へ行こうと準備を始めた。せっかく高級宿屋で泊まるなら、少しは贅沢な気分に浸っても良いだろう。

部屋を後にして露天風呂へ向かってる途中、僕は背後で何かの視線を感じた。振り向いて廊下の奥を見たが、気のせいなのか誰の姿も無い。何だろう変な違和感を感じる。

不思議な違和感を感じながら、僕は露天風呂へ向かうのだった。

第23話につづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?