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第45話「鳩が飛ぶのを見てみたい」

三井巡査の語った三年前の出来事・・・・・・

後藤が探偵事務所を出たとき、横浜は朝から降る雪で真っ白い世界になっていた。時刻は夜の八時、今年初めての雪に家の屋根は白く染まり、吐く息から寒さを感じさせた。

アスファルトに降り積もった雪。足跡が残っては消えていく。後藤は人通りの無い路地裏へ方向転換すると、胸ポケットから携帯電話を取り出して誰かに連絡を入れた。昨夜も何度か連絡を入れたが出なかった。後藤が連絡をしていた相手は大神日和。

後藤と大神日和は繋がりがあったということだ。つまり、和泉麻里奈の知らない真実でもあった。この頃、和泉麻里奈と大神日和の付き合いは無くなっていた。と言うのも、離婚調停中と娘の大学受験が重なった時期だったからだ。

だが、どこかで二人の心は繋がっていると和泉麻里奈自身は思っていた。

路地裏から密集した住宅街に出ると、後藤は再び携帯電話を取り出して、今度は違う相手にかけた。ワンコールで相手が出ると、後藤は胸ポケットから煙草を取り出して、怪訝な顔して煙草へ火を点けた。

「大神の奴、昨夜から全然電話に出ないぞ。あいつ逃げてないよな?」後藤はそう言って、煙草を深く吸っては煙を吐いた。

「日和って、一度寝たら起きないでしょう。どうせ寝てるわよ」と女が答えた。

「なら良いけど。最近のあいつ、言動が変だったろう。嫌な予感がするんだよな」と後藤は言葉を返した。

「刑事の勘ってやつ?当たらないことを願うけど」

「木島が抜けてから、組織の中で不審な動きをする奴が増えてる。ここらでもう一回、気を引き締めたほうが良いんじゃないのか?純菜もそう思うだろう」

後藤の口から出た名前に、電話の相手が華村純菜とわかる。だが、正体は鈴村真由という女性でもあった。

このとき、後藤は華村純菜の正体を知らなかった。組織で初期のメンバーであり、高校の同級生だと信じ込んでいた。

「後藤くん。日和のアパートに着いたら連絡ちょうだい。私、今夜で日本を発つの」

「そっか、また海外に行くんだな。だったらちょうど良いや。今度はもっと上質のブツを仕入れてくれよ。ああ、わかってる。暴力は振るわない」後藤はそう言って、電話を切ると雪の降る空を見上げて神妙な表情になるのだった。

煙草を吸い終わり、雪の中を歩き続けて十分ほど経過した。すると、木材や鉄筋などが無造作に置かれた空き地が見えてきた。その隣に木造アパートが建っており、アパートの入り口付近のゴミ捨て場に鴉が群がっていた。

後藤の足音に、何羽かの鴉が鳴いてから飛び去っていく。

アパートの敷地内に入り、所々錆びた鉄の階段を上がり、二階に上がると後藤は一番奥へ向かって歩いて行った。どうやら、大神日和の部屋は一番奥の角部屋らしい。

後藤から見て、右側に並んだ三つの部屋。部屋の前に三輪車と折れた傘が歩くのを塞ぐように置かれていた。まるで、その辺に棄てたゴミみたいだ。

三輪車の前まで進むと、後藤は舌打ちをして三輪車を蹴って退かした。昭和初期に建てられたのか、ドアの横に書かれた住人の名前はほとんどが擦れて読めない状態だった。

大神日和の住む部屋の前に立つと、後藤はインターホンを押すこともなくドアを叩いた。ドンドンと二回叩いて反応を見る。

すると、部屋の中から物音が聞こえて、ドアがゆっくりと開いた。

「なんだ、お前か。来てたのかよ」後藤はそう言って、ドアを半分まで開けて中へ入ろうとした。

「入るな。もうすぐ警察が来る。部屋の中を荒らさない方が良い」と大神日和の部屋を訪れていた男性が言う。その表情は険しく、何かに恐れているような顔をしていた。

「おい、何の冗談だよ。俺だって刑事だぞ。警察が来るだと!?お前、本気で言ってるのか。白石、とにかく中へ入れろ。大神に話があるんだ」

なんと、先に部屋に訪れた人物は和泉麻里奈の夫で離婚調停中の白石浩史だった。何故、彼が大神日和の部屋に居るのか?

このあと、後藤は見てしまうのだろう。部屋の中で冷たくなっている大神日和の姿を!!

三年前の夜の出来事。その全貌が明らかになろうとしていた。

第46話につづく

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