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第20話「鳩が飛ぶのを見てみたい」

ー翌朝ー

昨夜の出来事で寝付けることが出来なかった。なので、普通の時間に起きて、私は朝食の用意をしながら朝のニュースを観ていた。やはりトップニュースは横浜プリンスホテルの発砲事件を取り上げていた。

現在も犯人は逃亡中で、近くに住む人々へ警戒するようアナウンサーが呼びかけていた。

木島直樹という名前も発表されて、警察は情報提供を求めている。どうやら公開捜査に踏み切ったようだ。それはそうだろう。相手は銃を所持して、いつどこで発砲するかわからない。早く捕まってほしいが、事件の真相を知りたい気持ちは強かった。

真相と言うのは、後藤くんから聞いた話を踏まえての真相だ。

ガチャリとリビングのドアが開いて、娘の尚美がパジャマ姿のまま入って来た。こんな朝早く起きて来るなんて珍しい。私の顔を見るなり爽やかな顔して、おはようと声をかけてきた。

「珍しいわね。どこか出かけるの?」と私が訊くと、尚美は朝のニュース番組を見て真剣な顔になった。

「お母さん、ここのホテルで同窓会してたんでしょう。昨日の夜、ネットで盛り上がっていたよ」

盛り上がっていたよという言い方に釈然としないが、現代の情報はかなりのスピードで広まるようだ。確かに、純菜と電話で話してるときもネットで話題になっていると言われたっけ。

「あんたね。私の心配をしなさいよ。まったく盛り上がってたなんて、こっちは怖い目にあってたのよ」と私は文句を言いながらテーブルに尚美の分のコーヒーを出してあげた。

「電話もあったし、帰って来るとわかっていたからね。ねぇ、それよりもお金頂戴。今月ギリギリなんだよね。あと、夜ご飯はいらないから」と尚美がドライに話す。ここ最近は冷めていると言うか、私と会話すること自体が面倒くさい感じだ。

「遅くなるの?」と聞きながら、私は財布から三万円を取り出した。

「十二時までには帰るわ。ただの女子会だから」と尚美はそう言って、三万円を受け取りその場からさっさと立ち去った。

金さえ貰えれば用無しみたいだ。あんなにドライな子じゃなかったのに。全く冷たい。これも私たちの離婚が原因だと思うと、強く文句も言えないのが本音だった。朝風呂に入っていく娘を眺めたあと、私は今日の予定を考えた。

たまには気晴らしに、街へ繰り出すのも良いか。

どうせながら純菜でも誘ってみようかしら?どのみち連絡するつもりだったし、彼女のことだから、いつ海外へ帰るかわからない。結構気分屋のところがあったからだ。

そうと決まったら、私は朝食を済ませて出掛ける準備に取り掛かろうと考えた。

その前に洗濯物も干さなきゃ。後回しにすると嫌になるので、コーヒーの淹れたマグカップを流しに置くと浴室へ向かった。洗濯機と脱衣場が一緒になった部屋。ドアを開けようと手を置いたとき、浴室のドアを開けようとする音が聞こえた。

同時に私もドアを開けて、中へ入った瞬間だった。何年か振りに娘の裸が目に飛び込んできた。私の若い頃にそっくりな裸。胸は上向きで、決して大きくはないが形の良い乳房だった。

そんな冷静な目で見てる中、尚美はノックぐらいしてよと文句を言って、胸元を隠しながら浴室へ入った。

バタンと強めの音でドアが閉まり、曇り窓の向こう側で娘の影が動く絵を眺めていた。シャワーの音が聞こえて、娘が頭からシャワーを浴びている。しばらくその場から動けなかった。数秒前の残像が目の奥から消えない。

娘の裸に見惚れた訳じゃない。そんな単純な理由で動けないんだったら良かったかも。

動けなかった理由は、私の目に飛び込んできた一点のモノを見たからだ。見間違いでもなく、私は確実に見てしまった。

尚美の腹部あたりに刻まれたタトゥー。あれは間違いなく鳩のタトゥーだった。何故、尚美が鳩のタトゥーを掘っている。まさかこれが偶然だと思えない。

後藤くんから聞かされた、木島直樹の手の甲に掘られた鳩のタトゥー。それが今、娘の腹部あたりに刻まれている。

一体、何故!?

私は心の中で不安を隠せないまま、そっとドアを閉めてしまうのだった。

第21話につづく

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