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八丈島の思い出と「くさや」

50代に「八丈島」と伝えると……

かつて「日本のハワイ」と呼ばれた場所がわが国に存在していたという事実をほとんどの人は知らないと思う。……というか、私もこの間まで全然知らなかった。
その「日本のハワイ」なる場所とはどこか、そう、それは東京都「八丈島」である。

多分、多くの人は「八丈島」と聞いてもよく分からないと思う。逆にこの名前を聞いてピンとくる人がいたら、なかなかの地理通か、50代近い御仁ではないだろうか。
なぜここで年齢を挙げたのかというと、そこにはちゃんとした理由がある。これは実話だが、私がある場所で「先日、八丈島に行ってきたんですよー」と告げたとき、何の脈絡もなく突然「八丈島のキョン!」と言ってきた人物がいたのだ。

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※赤い服を着た犬に覆いかぶさられているのが「八丈島のキョン」だ。(画像=『がきデカ』13巻・山上たつひこ著・秋田書店より)

その人は半世紀近く生きており、本人曰く、40年以上前の日本で流行った『がきデカ』という漫画(1989年にアニメ化)に「八丈島のキョン」というフレーズが使われていたらしく、「八丈島」という言葉に触れるとつい脊椎反射で反応してしまうらしい。だが、そんなこと、こちらは知らないので、ビグザムのコックピットから這い出てマシンガンを撃ってくるドズル中将の最期を見て「何者なんだ」と恐れおののくアムロのように、こちらとしてはドン引くしかないのである!
なので、50代以上には割りと親しみがある場所、それが八丈島だ。 

すべてにおいてパーフェクトな場所

話を戻そう。
私が家長を務める篠原家一行は、長引くデフレによって疲弊した日本経済を立て直すために、国内にお金を落とそうということで、平成29(2017)年に家族3人で国内旅行に出ることにした。
嫁との交渉は比較的スムーズに進み、下記3つの条件に当てはまる場所を探した。

<旅行先選びの条件>
1、わが国の領土領海内に存在
2、日本の歴史と伝統と文化を感じる場所
3、リゾート地


これらすべてに当てはまる場所として浮かび上がったのが「八丈島」だったという訳だ。
なにせ八丈島は1の条件を満たし、さらに嫁の故郷である岡山の戦国大名・宇喜田秀家(関ヶ原合戦の実質的な西軍の大将)が関ヶ原の戦後処理で家康により流刑にされた終焉の地(お墓有)でもあり、更に「日本のハワイ」を自称していたため、すべてにおいてパーフェクトな存在だった。

ということで、私は宇喜田秀家公の墓参りのため、嫁はリゾート気分を楽しむため、息子は「まだ2歳だし、何だかよくわかんないけど、とりあえず一緒に行く」といった感じで、三者三様の思いを抱いて羽田空港から八丈空港へと向かったのだった。

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※上の写真は宇喜田秀家公のお墓

八丈島でハワイを探す旅へ

ところが飛行機から意気揚々と降りて空港の出口付近に差し掛かった瞬間、家内は被っていた麦わら帽子(リゾートっぽいやつ)とかけていたサングラスを外し、「誰? 日本のハワイとか言ってた人」と怒りの炎をメラメラと燃やし始めた。
確かに八丈島の気温は思ったより温かくないし(初夏の時)、風が非常に強かったため、むしろ肌寒かった。さらに空港周辺が殺風景だったこともあり、全然ハワイじゃなさそうな雰囲気が着いてすぐなのにひしひしと伝わってきた。
だが、ここでさじを投げてしまってはどうにもならないため、「いや、着いて10秒で結論を出すのはあまりにも早すぎる。きっとどこかにハワイ的な何かが存在するはずだから、それを探そう」と答え、我々の「八丈島でハワイを探す旅」(3泊4日)は始まった。

結論から言うと、八丈島は全然ハワイじゃなかった。なので「日本のハワイ」という言葉に釣られて八丈島に行こうと思っている方には正直あまりおすすめできない。
だが、代わりに別の魅力がたくさんあった。

たとえば、
「磯の匂いが強烈なカメの手の味噌汁」(「ほや」級に強烈)
「普通に半端なく匂うくさや」(だがうまい、ハマる!)
「搾りたてミルクを使った美味しいソフトクリーム」(地元スーパー隣接したお店のもの)
「寿司屋銀八の島寿司」(漬けにしたネタにからしを付けて食べる独特の寿司・美味!)
「そこらじゅうに存在する温泉」(温泉好きは行くべし)
と、予期せぬ成果をこれでもかというくらいに得ることができた。

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※八丈島に行ったら、必ず「すし処銀八」の島寿司を食べよう。『真・中華一番』のリュウ・マオシンなら間違いなく「良」という出来の食べ物だ。

島寿司とくさやと島焼酎でホームパーティー

それ以降、すっかり八丈島のことが気に入った私のもとに、八丈島出身の友人ができ、更に八丈への思いは強いものになっていった。だが、同時にジレンマも抱えるようになった。いくら本土の人間に「八丈島はすごくいい場所だよ」と言っても、その良さが全然伝わらないのだ。「どうすれば八丈の魅力を伝えることができるのか」という問いを抱いている中で、ふと、八丈を象徴する存在に触れてもらうのがよかろうと思い立ち、八丈島出身の友人の協力のもと、我が家で「島寿司(多分、郷土料理の中でもトップクラスの美味しさ)」と「くさや」と「島焼酎」を楽しむ会を開催することになった。

当日は我々5~6人の中年が談笑し、八丈島の焼酎を飲みながら、凄まじい匂いを放つ「くさや」をムシャムシャと喰らい、その周りを3~4人の子供らが楽しそうに駆け回っていた。
途中、お腹が減った息子が私の膝の上に乗り、机の上にある食べ物をつまんだのだが、くさやを胃袋に満たした私の吐く息をもろに吸い込んだ4歳の息子から「くっさ! シマウマの匂いがする」と言われ、しばし茫然としてしまった。
親ばかと思うかもしれないが、「くさや」の生臭さを生き物の匂いに例えたところが素晴らしいと私は感じた。確かに「くさや」にはどこか動物園の匂いに似たものを感じる。しかも、それを「シマウマの匂い」と表したところがいい。動物園の匂いでは何かが足りないが、そこをシマウマの匂いとしたことでグッと迫ってくるものがある。
うかつにも息子の優れた言語表現に心底感動してしまった。

「くさやはシマウマの匂い」by息子

過去、ワインのソムリエを追ったドキュメンタリーを見たことがあるが、ソムリエになるには優れた味覚や嗅覚、そして幅広い専門知識が必要だ。さらに香りや味を表現する優れた言語能力も求められることに驚いたことがあった。
息子のくさやに対する言語表現の見事さはまるでソムリエのようだと思った。息子は私が知らない間に成長し、立派なくさやソムリエになってくれていた。子供の成長はあっという間だというが、本当にそうなんだなと、嬉しい反面、少し寂しい気もした出来事であった。

これから先の人生を歩む上で「くさやって一体どんな匂いなんですか?」と聞いてくる人がいたらこう答えたい。
「シマウマの匂いです」と。

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小~中学校まで高田純次並みに適当な内容の日記を書いて提出していたところ、小・中の担任から「君の文章、変だけど面白いよ」と言ってもらい、書き手も読み手も楽しい幸せな日々を6年程送りました。その頃のことを思い出し、あまり根詰めずに文章を綴っていきたいと思います。のらねこが好きです。