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ロマンスグレーのオジサマ

今の職場に勤めるようになって、早くも3ヶ月を超えようとしている。色んな場面に遭遇しながらも、故郷を遠く離れてたこの地で素敵な同僚達に出会えた事を、心から嬉しく思っている。
楽しく仕事させてもらえて、私は幸せ者だ。

同僚の中にFさんという男性がいる。
このスーパーを一度定年退職された後、再雇用でウチの店に配属になられた、と聞いている。
長い間、社員の教育をする部門で要職に就いておられたそうで、ウチの店に着任された時には色々な売り場の社員が次々と挨拶にやってきたらしい。
元々は紳士靴のバイヤーだったそうで、自宅から近いこの店で、もう一度昔取った杵柄を取っておられる訳である。

このFさん、そういう経歴だからか新人に教えるのがとても上手い。
色んな人が、自分の経験に基づいて得た『自分なりのわかりやすいと思われる方法』で新しい知識を授けてくれるのだが、どうしてもその人の主観が入っているので、私が知りたい事はすっぽり抜け落ちていたり、わかりきってる事をこってり伝えられたりする。非効率な事も多い。
その点、Fさんの教え方はとても要領を得ている。どこに気をつければ良いのか、よく間違えるのはどんな場合か、ストンと肚におちる。腹の底から納得するから、うろ覚えにならない。質問にも明確な答えが返ってくる。
何も知らない人間としては、とても助かっている。

Fさんはあまりにこやかではないので、一見とても怖い人に見える。加えて声が大きく張りがあるので、高齢のお客様には『聞きやすい』と好評であるが、若いお客様はちょっと身を引くようになさる方もある。
お客様の中にはちょっと対応が大変な、難しい方もちょくちょくお見えになるが、Fさんにかかれば店の立場とお客様の立場のバランスが上手く取れた、スマートな対応になる。
どんな変わったお客様も、Fさんなら大丈夫、と安心して居られる。

このFさん、身のこなしがとても軽い。
先日、Fさんと二人で勤務していた時の事である。
靴売り場は青果売り場の裏手にある為、稀にGが出る事がある。めったにお目にかからないが、その朝Gが出没した。
殺虫剤を撒くわけにはいかないので、不幸にも遭遇してしまった場合は"自力"でやっつける事になる。
私はレジを離れるわけにいかないという大義名分があるので、
「Fさん、G出ましたんで、お願いします」
と言って卑怯にもレジに引っ込んだ。
Fさんは私に要らない紙とビニール袋を持ってくるよう言って、Gに挑んだ。そしてなんと、手を汚さず"生け捕って"しまったのである。
Fさんが手にしたビニール袋の中には、紙の向こうにうごめく影があった。私は気持ち悪くて髪の毛が逆立つようだったが、Fさんは何事もなかったかのように、しれっとそのままバックヤードに引っ込み、袋に殺虫剤を吹き込んで無事"処分"してきて下さった。
「潰すと汚いし、後始末が大変だから」
と仰ったが、そう思って出来るものではない。Fさん恐るべし、である。

「自分が現役でバイヤーをやっていた頃に比べたら、今は商品数も多いし、お客様も色々よくご存知だし、隔世の感があるよ。新しく覚えないといけない知識も多いし、『今浦島』って感じだねえ」
とFさんは笑うが、とてもこの仕事が好きなのだなあ、と感じる。

同じ間違いを繰り返したり、いい加減な知識でお客様に対応したりするとしっかり注意されてしまうので、Fさんの事を煙たがる同僚も居るには居る。
が、私はこの華麗な身のこなしでGを生け捕る、『ロマンスグレーのオジサマ』の大ファンである。



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